第4話 心の声

 身支度を済ませ部屋を出ると、私はエレベーターホールへ向かいました。上に行くボタンを押してエレベーターを呼び出すと、先に乗っていた紳士に笑顔を向けられました。私は会釈を返しながらそこに乗り込みました。


 最上階の朝食会場は二か所ありました。前日は日本食レストランへ行ったので、その朝は洋食ビュッフェのレストランを選びました。


 以前、昼食ビュッフェに来たことがありましたが、朝の雰囲気は少し違っていました。高層階の大きな窓から広がる景色には、朝らしい引き締まった空気感がありました。


 地元のホテルに宿泊し、ひとりで朝食を食べるのは奇妙な体験でした。ですが悪くない、と思いました。このホテルの雰囲気が好きでした。お料理も美味しくて満足しました。


 スタッフの方達も丁寧で、感じ良く私に接してくれました。すれ違う宿泊客たちもにこやかで、ゆったりとして余裕のある方たちに見えました。このような洗練された空間では、自然に気持ちが優雅になるのかも知れない、と思いました。


 もしかすると、私は仕事の出張で宿泊した女性のように他人からは映っているだろうか、などと想像しました。スーツを着ているから、無条件でビジネスの関係だと見なしてもらえないだろうか。その方がいいと思いました。


 そんな風にごまかそうとしても。

 昨夜、あなたが男に抱かれた娼婦だという事実を、私だけは知っている。


 傷つき追いやられた過去の自分が、どこかで恨みがましく叫んでいる気がしました。


 食事を済ませ、私は部屋に戻りました。帰り支度をしていると、携帯のランプが点滅しているのに気付きました。電話を部屋に置いたままレストランへ行っていました。


 須藤から何度も着信があったようでした。かけ直した方が良いのだろうか、と考えあぐねているうちに、また彼から電話がかかってきました。


 ひと呼吸おいて電話に出ると、弾んだような彼の声がしました。


「良かった、やっと出てくれた。」


 ため息まじりの、安堵したような響きがありました。


「すみません。朝食を頂いていました。携帯を部屋に忘れてしまったので・・・何度も連絡いただいたようで、すみませんでした。」


「そうだったのか。いや、もう出てくれないのかと思った・・・昨夜、黙って帰ってしまったから・・・本当はユリちゃんと一緒に泊まりたかったけれど、今後のことを思うと、ひとまず帰宅した方が良いと思ったから。」


 須藤の言葉にちくりと胸の痛む思いがしました。今後のこと・・・彼はこれから、どのようなつもりでいると言うのか。胸の内が冷たくかげる思いがしました。


「ユリちゃん、よく眠っていたから起こしたくなくて。でも今、ホテルに向かっているから。11時までにチェックアウトしてもらえるかな。支払いは済ませてあるから。ホテルの玄関から東側に停めて待っているよ。もうすぐ着くよ。」


 須藤の言葉に驚き、思わず聞き返しました。


「えっ、須藤部長、また来るんですか?」


「いけなかったかい?もしどこかへ予定があるなら、そこまで送ってあげるよ。自宅の方が良いなら送って行くし。荷物も多かったよね。」


 彼の言葉に、胸につかえていた冷ややかなものが溶けていくような気がしました。不覚ながらも、彼が迎えに来てくれることを嬉しいと思ってしまったのです。


「そんな・・・わざわざすみません。今日は特に、予定もありませんでしたから・・・お言葉に甘えますね。」


 そう言葉を返すと、須藤は明るい声で言いました。


「あと数分で着くよ。準備ができたら来てね。」


 私は電話を切りました。急に言われて驚きましたが、急いで部屋を出る準備をしました。

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