第5話 視線

 チェックアウトを済ませ、ホテルの玄関を後にして東側の車道へ向かいました。少し離れた場所に、なじみある黒のレクサスが停車していました。車へ近づいてゆくと、須藤は手を振りました。


 荷物を後部座席へ乗せ、私は助手席に乗り込みました。


「おはようございます。わざわざ来てくださって、ありがとうございます。」


 なるべく事務的に言おうとしました。彼の顔を見るのが恥ずかしくて、目を合わせることができませんでした。


「ユリちゃん、スーツを着ていたんだね。良く似合ってる。見違えたよ。」


 そっと彼の様子をうかがうと、いつものように、と言うよりも、普段以上に私を称賛するような眼差しを向けられていました。そのように彼から見つめられることを、いつしか私は無意識のうちに求めていました。


「ユリちゃん、良かったら運転してみる?しばらく練習してなかったから。」


 須藤にそう尋ねられましたが、断りました。こんな中心部では、怖くて運転などできませんでした。街中でも少しずつ練習してゆくべきでしたが、まだその気にはなれませんでした。


「では、どこへ行こうか?郊外まで行って練習しようか?」


 須藤が運転の練習について気にかけてくれるのは有難いことでしたが、話し合うべきこともあるだろうと思いました。昨夜、私達は一線を越えてしまったこと。その後、彼はどのようなつもりでいるのか、きちんと話せないのは嫌でした。


「自宅に送っていただいて良いでしょうか?荷物もありますし・・・スーツは慣れなくて、着替えたいんです。」


 私がそう伝えると、須藤は少し緊張したような顔になりました。


「そうか・・・まだ、着なれないよね。でも、スーツのユリちゃんもすごくいいよ。全然違って見えて・・・すごくセクシーだね。」


 須藤は私の全身を無遠慮なほどに眺めまわし、目を輝かせました。彼の視線を無視するように、私は正面を向きました。彼の目から欲望を見てとれたことに、秘かに安堵し満足を覚えていました。

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