第6話 沈黙

 車に乗ってから、お互い何を話したものか、少し気づまりでした。


「昨日は、ご馳走様でした。いろいろ買っていただきありがとうございました。ホテルの朝食もとても美味しかったです。朝から贅沢をさせていただきました。」


 私は改めてお礼を伝えました。少しぎこちなく彼には聞こえていたでしょうか。


「昨日は、先に帰ってしまって悪かったね・・・すごく、ユリちゃんと一緒にいたかったけれど・・・でも、いきなり外泊するわけにもいかなくてね。」


 須藤は私を気遣い、決まり悪そうな様子でしたが、彼の言葉はちくりと私の胸を刺すようでした。


「もちろん、そうでしょうね。早めに帰られた方が、私も良かったと思います。」


 そのように、冷静に答えたつもりでしたが・・・胸からこみあげるものが、私を息苦しくしました。須藤に家庭のあることを改めて認識し、私の中の別の声が騒ぎ出すようでした。


 あなたは不倫をした。そうと知りつつ家庭のある男に抱かれた。少しずつこの男に気を許し、頼り、心まで買われていた。


 何度追いやっても、例の声は執拗に私を責め立てました。


 この男は、あなたを愛してなどいない。ただ欲望のまま、あなたの心も身体もむさぼりつくそうとしているだけ。


 自分自身の中からの声に責められ、それ以上何かを言えば、泣いてしまいそうな気がしました。須藤も続く言葉を見つけられなかったのでしょうか。


 車の中を、気まずい沈黙が支配しました。ですがそれを取り繕おうとは思いませんでした。


 その日、須藤はいつも待ち合わせをするコンビニではなく、私の住むアパートまで車を走らせました。この人はいつから私の自宅を知っていたのだろうと思いました。


「ありがとうございました。」


 私は頭を下げ、車から降りようとしました。不意に須藤の手が伸びて、私の手を握りしめました。

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