第7話 自宅
「待って、ユリちゃん。この後は?練習には行けるのかい?どこか行きたいところがあったらドライブでもいいし。」
意を決したような、すがるような目でした。いつも、求めるような眼差しを向けられていました。答えてはいけないと思いました。拒否するべきだとわかっていたのです。なのに彼の目を見てしまうと、私は拒めませんでした。
「あの・・・お話したいこともありますし、近くに車を停めてからまた来ていただいても良いでしょうか?」
須藤は急に緊張したように、驚いた表情で私を見なおしました。
「外で須藤部長と会っているのを誰かに見られたら良くないですし・・・近くの大型スーパーでしたら車を停められますから・・・ここ、駐車場がないんです。すみませんが、スーパーに停めて、ここまで歩いて来ていただいても良いでしょうか?」
自分は何を言っているのだろうと思いました。会社以外でこの人とは、当然会うべきではないはずだったのに。
「うん、わかった・・・じゃあ、また来るから。」
須藤は顔を輝かせていました。私は複雑な気持ちで彼を見返しました。
「ご面倒おかけしてすみません。あと・・・なるべくゆっくり歩いてきて下さい。部屋に掃除機をかけたいので・・・」
そんなことを伝えるのは、勇気のいることでした。私はそそくさと助手席のドアを開け、車を降りて部屋に向かいました。
「ユリちゃん、待って!」
再び須藤に呼び止められました。振り返ると、少し困ったような彼の顔がありました。後部座席の紙袋を指さしながら、荷物忘れないでね、と彼は笑って言いました。
後部座席から荷物を取り出し、アパートの階段を上りました。3階に私の部屋はありました。鍵を開けて中に入ると、まず着替えをしました。
着なれないスーツは脱ぎ、ハンガーにかけました。シャツと下着も脱いで、洗濯機の中へ入れました。ホテルでは替えの下着を持っていなかったので、早く着替えたかったのです。
素早く下着を着け、ややゆったりした白いシャツと、紺のフレアスカートを選びました。鏡をのぞき込み、普段の服装になった自分を見るとほっとしました。
部屋を見まわし、テーブルの上がやや雑然としていたので整頓しました。そして急いで部屋全体に掃除機をかけました。掃除機をかけ終えてもまだ須藤は来なかったので、玄関とトイレも大急ぎで掃除しました。
掃除が一段落すると、やかんに水を入れ火にかけました。お菓子の買い置きはあっただろうか、と思いました。あまり気の利いたものはありませんでしたが、クッキーとスナック菓子があったのでお皿に入れてテーブルに置きました。
急ぎつつでしたが、準備ができたので一安心しました。ですがやかんのお湯が沸いても、まだ須藤は来ませんでした。一度火を止めて、もう少し掃除をしました。テーブルやテレビ台のまわりなどを水拭きし、他の目につきやすい部分も水拭きしました。
掃除をしていると、インターホンが鳴りました。そう言えば、部屋番号も教えていなかったと思い当たりました。でも須藤は既に知っていたようでした。
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