第2話 転身
一度きりではおさまらず何度か果てた後、私はバスルームへ向かいました。熱いお湯で体を流しても体中に残された小さな痣は消えませんでした。前夜、シャワーすら浴びず事に及んだのを思い出し、恥ずかしさに身が縮みました。
とうとうあの人に抱かれてしまった。
後悔はないものの、心に
女性と寝るまでの駆け引きが楽しいのであり、手に入れてしまえば興味を失くす人もいると聞いたことがあります。須藤もそういう人かも知れないと思いました。
須藤だけではなく、貴之も。5年間の交際を経て結婚し、彼は次第に私に冷たくなり、意のままに支配しようとするばかりでした。彼を愛した私は傷つき、裏切られただけ。
須藤も私と寝てみたかっただけだとしても。
それならそれで、構わない。
彼は運転の仕方を教えてくれた。正社員になるチャンスを与えてくれた。
私の欲しいものを彼は与えてくれたのだから、取引だったと思えばいい。
そう自分に言い聞かせました。
ですがそのように考えたところで、自分が傷つかずにいられるとは思えませんでした。あんな果てしない時間を味わってしまったら。あの狂おしいような感覚を知ってしまったなら。ひと時の情事であったと割り切ることなどできそうにはありませんでした。
シャワーを済ませ部屋に戻るとテレビ台を兼ねたデスクの上に朝食券があることに気付きました。券は2枚ありました。須藤は泊まるつもりだったのだろうかと考えましたが、よくわかりませんでした。
せっかくなので、朝食を食べに行くことにしました。身支度をするのに、替えの下着や着替えを持っていないのに気付いて落胆しました。こうなるのだったら、前日のうちに下着も買ってくれたら良かったのに、と皮肉めいた思いがよぎりました。
不本意でしたが下着は前日のものをつけるしかありませんでした。服は買ってもらったシャツとスーツを着ることにしました。スーツは好きではありませんでしたが、いずれは日々着るものだから、慣れておいた方が良いと考えました。
薄いグレーのスーツを着てみると、自分らしくないと思いつつも、雰囲気は悪くない気がしました。なんだか別の自分になったようでした。
そうかもしれない、と思いました。
自分は変わったのだ。あの人に抱かれた。社員になることと引き換えに、身体を売ったようなものだという声がどこかから聞こえました。
娼婦みたいだ、と思いました。
いいえ、娼婦みたい、ではなく、あなたは娼婦になった。
そう突きつける声がしました。
私の内側から響く声でした。
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