第12話 愛人
「愛人という言葉は良い響きではないかもしれないが、愛する人という意味ではその通りだよ。」
須藤は悪びれもせずに言いました。
「俺はユリちゃんを愛していて、恋している。もう手放すことはできない。君はもう逃げられないとわかっているはずだ。そんなことは許さない。」
私はやはり、誤った道を進んできてしまったと悟りました。彼の言葉は私に選択肢がないことを表していました。二度と結婚などせず、男性に頼らず、自立して生きてゆくつもりでした。だから契約社員という不安定な立場を抜け出し正社員を勝ち取ろうと決意したのに。
会社を去らない限り、須藤を拒むことはできそうにありませんでした。やっと社員になれたのに、その矢先に辞めたくはありませんでした。
須藤を頼ろうとした私が愚かでした。彼を利用した上で逃げるつもりであった自分が泥にはまり込む結果となりました。結局のところ、私を絡めとり吸い尽くそうとする彼の罠に、私は自ら飛び込んでいったようなものでした。
「週末、土曜か日曜のどちらかで良いから、俺と会うようにして欲しい。」
須藤はまっすぐに私を見て、命じるかのように告げました。
「家族のことは気にしなくていい。俺はずっと、基本的に週末は家にいないことが多い。その方が家内も娘も過ごしやすいようだから。」
須藤の言葉に少し心が痛みました。この人は本当に、家族から相手にされていないのだろうかと思いました。淋しさを抱えていて、外に逃げ場所を求めてしまうのだろうか。そんな思いがよぎりました。
「俺とユリちゃんはもう他人じゃない。仕事でも、プライベートでも気兼ねせずに俺を頼りにして欲しい。遠慮はいらない。」
すでに服を着ていた須藤は、上着のポケットから封筒を出してテーブルに置きました。
「ユリちゃんにリスクを負わせる代わりに、俺なりの気持ちだから受け取って欲しい。君は若いから、いろいろ欲しいものや、やりたい事もあると思う。大した額ではないけれど、もう少し余裕のある生活ができるようにサポートしたいと思っている。」
私は途方に暮れて須藤を見返しました。この人は本気で私を愛人にするつもりなのだと覚悟を迫られていました。
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