第11話 折衝

 この人は私が求めていたから現れたのかもしれない。馬鹿げた考えかもしれませんが、そのようにも思い当たりました。長い間傷つき、自信を失くしていた私を須藤は繰り返し励ましてくれました。二度と男性に自分を許すまいと憎しみでいっぱいだった私は、それでも心の奥底に、また悦びを知りたいという秘かな願望を押し込めていました。


 男性に背を向けながらも、本当は欠乏感でいっぱいでした。自分自身をあざむき続けていました。奥底では秘かに愛欲を求め、悦びから遠ざかり乾ききったこの身体を持て余していました。


「ですが、須藤部長にはご家庭がありますから。」


 互いに裸になりながら言うには白々しい台詞でした。なんと説得力のないことだろうと思いました。


 私は散乱した服と下着を拾い、寝室へ向かいました。扉を閉め、また別の下着をつけなくてはなりませんでした。先ほどと同じ服を着て身なりを整えると、リビングに戻りました。


「須藤部長も、服を着て下さい。」


 先ほどあれほど交わったのに、裸の彼が部屋にいるのは気恥ずかしいことでした。一瞬その上半身を盗み見た後、彼から顔を逸らしました。


「このような関係を続けることは難しいと思います。須藤部長には大変良くして頂いていますが・・・お互い立場もありますから。」


 できるだけ冷ややかに、須藤から距離を取って伝えました。互いの立場はもちろんですが、どちらかと言えば私の方が困る側でした。このような関係で、奥さんに訴えられたり、退職に追い込まれるのは常に女性なのだという意識がありました。


「ユリちゃん・・・俺はもう、ユリちゃんを手放したくない。君は会社でも俺の部下になるから、俺とは離れようがないんだよ。」


 少し戸惑ったような表情で須藤は告げました。それでいて優位な立場である彼に対して私は圧倒的に分が悪いのでした。


「須藤部長は私を愛人にしたいのですか。須藤部長は経験豊富のようですから、勝手をご存知なのでしょうが、私には怖いことなんです。会社やご家庭に知られたりしたら、私はどうすればいいんですか。」


 精いっぱいの虚勢を張って私は告げました。そのくせ、彼に私を手放さないでいて欲しいと本当は願っていました。ですが道徳に反していて、リスクの高いことでした。須藤がどのようなつもりでいるのか、確かめたく思っていました。

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