第92話 怯え

 なぜこのように泣けてきてしまうのか。私にはわかりませんでした。私はずっと怖かったのでしょうか。彼を失いかけていることをこれほどまでに恐れていたのでしょうか。


 求められるまま唇を重ねました。彼に抱きしめられ、確かめ合うようなキスをしました。ゆっくりと互いの舌がからみ合い、ただこのままいたいと思えるような甘美なときでした。


 口づけを繰り返す彼の唇がやがて耳に触れると、短く声が漏れました。私は彼を見返して躊躇しました。もう、ここではまずいという思いがよぎりました。社内にはまだ何人かの人たちが残っていました。


 ですが須藤は意に介さない様子で私の手を引き、ロッカーの並ぶ着替えスペースへ連れてゆきました。彼はスーツの上着を脱ぎすて、私を壁側へ押し付けるとふたたび絡みつくような口づけをしました。まるで有無を言わせないような力強さがありました。


 素早く私の上着も脱がせてしまうとブラウスの上から胸を、肩や背を、強く撫でました。無遠慮なほどに素早くスカートの中へ手は伸びてきて、足を、お尻を、体中を彼の手が這いまわりました。いつになく性急な勢いに圧倒されていました。


 彼の愛撫に喘ぎながら、私はまだ泣いていました。おそらく切実なほどに、私はこの人が欲しかったのだと思い知らされました。求められないことに、彼の気持ちが失われつつあることに心の底で怯えていた自分を知りました。認めるのが怖すぎる事実でした。


 須藤は私を床へ押し倒しました。更衣室は寝るための場所ではありませんから、その床は固く感じられたものでした。私に覆いかぶさってくる須藤を感じながら、天井の模様に初めて気づきました。


 須藤は躊躇なく服も下着も取り去ってしまい、ありえない場所で、一糸まとわぬ状態で彼の愛撫を受けるのは不思議な幸福感に見舞われました。体中を強く吸われて痕が残るのも嫌ではありませんでした。胸の先へまとわりつく情熱的な舌づかいに身体はよろこび、もっと望んでいる、足の付け根近くの感じやすいところへ指を這わされると、腰がうごめきました。


 そこはいつも焦らされるので、須藤の指はそっと触れたり離れたり、胸の先端へ唇が戻ってきたりを繰り返しましたが、焦れた私はもっと、と小さく訴えました。


 彼の唇がもっとも欲している場所にたどり着くと、歓喜のあまり、はしたない声を漏らしていました。こらえようもなく乱れ、痴態をさらけだしました。押し寄せる感覚の虜となり、とどまることも叶わないまま、いい、と叫びながら私は震えてのぼり詰めました。一度いくだけでは飽き足らず、彼は繰り返し私を昇らせました。


 私は息を弾ませ、すき、と何度も伝えながら、彼の中心の固くなっている部分に手を伸ばしました。今度は私が須藤を押し倒し彼の下着を脱がせました。すぐにつながりたい気持ちを抑えつけながら、彼の腰の、さらに下のところへ跪きました。間近に見つめて指先で弄んだあと、その先端を舌の先で愛撫しました。


 ゆっくりしたいと思いました。彼がよくなるように、私を欲しいと感じるように、弱く、そっと舌を動かしました。ゆるやかに強弱をつけて手と口を動かしながら、無防備な彼の声がうめくのを心地よく聴いていました。


 好きな人にしかできないことでした。すでに須藤を愛しく思っている自分が怖くなりました。やがて執拗に彼をしゃぶり尽くす自分が、みだらな音を漏らして彼を吸い尽くそうとする自分はどこへ向かっているのかと心をよぎりました。


 口での愛撫を続けるうちに、須藤はたまりかねた様子で半身を起こし、私の腰を引き寄せました。私もずっと欲しかったので、須藤の上にまたがりました。彼の固くなったものを私の中に迎え入れると彼はため息をつき、私は声を漏らしました。


 彼の上に乗り、じわりと彼をしめつけて味わいました。しだいにもっと感じたくなり、上下に腰をゆらすと淫らな音が漏れ出しました。


 須藤は私の中へ入りながら、胸を、結合部のそばの小さな突起を指でせめました。私は我を失くして喘ぎ、震えるように腰をうごめかせていました。私の欲望はとめどなく内側から溢れ出し、しだいに大きくなる水音が部屋へ響き渡っていました。


 やがて彼は体勢を変え、私を下にすると、強く激しく私を突き上げました。私の内側の、さらにもっとも奥まで彼は入ってきました。最後の激しさにはいつも心失いそうになりました。何も考えられなくなってしまうおわりのとき、彼から白い液体が放たれました。胸やお腹、首まで、私は彼の生暖かい体液に覆われていました。

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