第93話 迷路

 私は自分をどうするつもりなのかといぶかしんでいました。


 須藤に対するこの思いを・・・


 この人に、入れ込むつもりなどなかったはずなのに。

 この人から、吸い取れるだけ吸い取って、利用するだけのはずだったのに。


 須藤のことは好きでした。私に尽くしてくれましたから。私のためにあれこれと働いてくれましたし、お金も費やしてくれました。それでいて、その行く末には結婚といったリスキーな取引の要素もありませんでした。都合の良い関係であったはずなのです。


 それなのに、この期に及んで私は・・・


 もっと、彼が欲しくてたまらなくなっていました。


 思いがけず、須藤を求めるようになってしまった自分に戸惑っていました。

 かつては備えていた恥じらいすら置き去りに、ただ淫らに、あの人に抱かれていたい。


 昼も夜も、所かまわず彼と絡み合う夢想に耽っていました。


 これまで押さえつけていた、元来の私の厄介な独占欲が暴走し始めていました。

冷静な頭で関係を重ねてきたつもりが、もはや本来の性質を抑えきれず、私を愚かな行為へと煽ってゆきました。


 しだいに私は須藤への執着を隠さなくなりつつありました。

 土曜日以外の日も、彼を私の家へと誘うようになりました。

 須藤は拒みませんでした。平日の夜も私の部屋を訪れ、私を抱きました。


 帰りの時間を気にする彼を引き留めようとしたり、拗ねてみせたりもしました。須藤は甘やかに私をなだめすかし、そんな私のわがままを歓迎するかのようにも見えました。内心では辟易へきえきしていた可能性もありましたが、わかりかねました。


 不倫の溝へはまり込んでゆく私をごく頼りない力で引き戻そうとする人もいました。


 元夫の貴之は、私への連絡を絶やすことはありませんでした。

 須藤の気を引くために、貴之は都合の良い存在でもありました。


 かつての夫を、かつて、自分を捧げ、愛して傷つけられた過去の男を、私は有効に活用するようになりました。

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