第91話 別れ話
「・・・そんな、須藤部長は何か、誤解しているようです。私は、須藤部長の方が私に気持ちを失くしているのだと思っていましたから。」
私は彼を睨みつけそう告げましたが、声が震えました。いつになく彼を怖いと思いました。更衣室にまでやって来るという行為にもどこか狂気を感じていました。
「・・・須藤部長こそ、私に飽きて用済みだったのではないのですか?他に好きな人ができたわけではないんですか?」
そう反論したとき、意図もせず、私の目から涙がこぼれ落ちました。須藤が怖かったのと、心変わりをしたらしい相手から責められて混乱していたのと、彼が冷たくなって傷ついていたことなど、あれこれと感情が絡み合って心が乱れていました。
「ユリちゃん?そんな、違うよ・・・どうして・・・?」
つい先ほどまで不気味に険しい様相だった彼の表情が一瞬にして心配そうな、戸惑ったものになりました。それでも私の涙はおさまりませんでした。
「須藤部長は総務課の倉木さんのことが好きなんじゃありませんか?噂になっていますし、須藤部長を見ればわかってしまいます。私が邪魔になったのでしたら別れて下さって結構です・・・倉木さんは小さいお子さんもいながら離婚されて、なにかと大変でしょうし、須藤部長が援助してあげたら良いんじゃありませんか?」
私は声を詰まらせながら、かねてから思っていたことを須藤にぶつけました。須藤との関係を清算するならば今がチャンスなのだと覚悟しました。そう決意して告げた言葉でしたが、須藤は驚き、困ったような表情を浮かべていました。
「ユリちゃん、そんな事を思ってたの?誤解だよ・・・倉木さんのことはユリちゃんの勘違いだよ・・・」
彼が私の腕を掴む力はすっかり弱まっていて、私は彼の手を振りほどきました。私は涙を流したまま、彼の眼の中を覗き込みました。
「・・・たしかに、綺麗な人だとは思うけど。まさかユリちゃんがそんな風に思ってたなんて。本当にびっくりした。」
私は彼がごまかそうとしているのかと疑いましたが、実際に驚いているかのような須藤の表情に戸惑いました。自分は何か、思い違いをしていたのかと自信がなくなってきました。ですがしばらくの間、私達の関係が冷えていたのは気のせいではなかったはずでした。
「泣くなんて・・・そんなの、誤解だよ。気になることがあったなら、早く言えば良かったのに。俺が好きなのはユリちゃんだよ。」
須藤は心配そうな眼差しで、なだめるような口調でした。私はまだ涙がおさまらず、手で顔を覆っていました。
私には、自分がよくわかりませんでした。もう、この人とは終わらせたかったのです。なのにどうしてそれを告げながら泣き出してしまったのか。心の底ではまだ、私はこの人と離れたくはないのか。ひそかに嫉妬をつのらせるほどに彼を独占したがっていたのかと、自分自身が不可解でした。
「ユリちゃん・・・」
優しく諭すかのように、須藤は愛おしげに私を見つめました。彼がそっと私の頬にキスをしても、なぜだか泣けてしまって仕方なくて、彼が唇を重ねてきてもまだ涙がこぼれ落ちてきました。
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