第84話 電話
元夫の貴之と再会した日以来、彼は携帯に電話をかけてくるようになりました。
仕事用の携帯ですと、時に相手も確認せずに出てしまうときがありました。私は貴之のことを登録してはいませんでした。なので電話を受けた時、一瞬の間のあとに彼の声がした時はやはり当惑しました。
黙ってすぐに切ってしまえば良かったのかもしれませんが、そうしませんでした。そんなことはできませんでした。彼が何を言うのかと気にかかるのです。不本意ではありましたが、私もどこか、わずかながら貴之への未練が残っていたのかもしれません。
「・・・優理香は、今日はまだ仕事?」
およそ2年以上も音沙汰のなかったはずなのに、そうとは感じられない口調でした。彼の声は、まるで今も彼が私の夫であるかのように響きました。
「・・・うん。締めの時期だから、残業しないと終わらないし。ところでどうしたの?何か用?」
始めは普通に答えてしまいましたが、後半は極力冷たく響くように意識しました。
「・・・この前はあまりきちんと話せなかったから。食事でもどうかと思って。優理香の仕事が終わる頃、会社まで迎えに行くけど。」
ごく当たり前のような彼の口調に戸惑いました。不可解なほどに、先日私の伝えた意志が理解されてはいないようでした。
「・・・仕事が終わった後は、別の予定もあるから。会社に来られても食事はできないかな・・・」
予定などありませんでしたが嘘をつきました。デスク周りにはまだほとんどの営業社員や須藤もいましたから、小声で話しました。
「そうか・・・じゃあ、明日は優理香、忙しい?俺は大丈夫だけど。」
貴之は重ねて訊ねてきました。なぜ今になって・・・そしてなぜこのように何事もなかったかの様子で話せるのか、理解できませんでした。
「明日も締めだし、あさっても、予定があるから・・・せっかくなのに悪いけど。」
なるべく冷静に伝えるには、忍耐が必要でした。
「そっか。優理香も忙しいね。わかった。また連絡するから。」
気を悪くした様子もなく、貴之は答えました。
電話を切った後も、私は貴之のことで気を取られていました。彼の声は、あれほど聞きなじんでいた彼の声は少しも変わっていませんでした。まるで錯覚してしまいそうになったほどでした。いまだ私は彼の妻であるかのように。
・・・でも、違う。
あの人は私に電話するような人ではなかった。二人が付き合い始めた学生の頃から。いつも、私が電話していました。
貴之からは電話してくれないの、と言ったことがありました。いつも私から連絡するばかりばかりなのが、ふと面白くなく感じられました。
―毎日電話するとか、俺にはそういうことはできない。
苛立ったように彼はそう答えました。
にべもない返事でした。あの当時も、私はみじめな気持ちになったものでした。
ですが状況は変わりました。離婚し、再会してからの貴之は何かが変わっていました。それ以来、ほぼ毎日のように彼から電話が来るようになりました。
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