第83話 帰宅

 自宅へ帰り着いた私は自分の部屋に足を踏み入れ、少しだけ心落ち着く気がしました。


 まるで、命からがら戻ってきたような感覚すらありました。


 私の家。貴之など関係ない、私だけの部屋。あの最低だった結婚生活から、貴之から逃げ出して見つけた新しい住み家。家具も、食器も、あらゆるものを、私が自分で選んだ、気に入ったものに囲まれた私のお城。


 そのはずでしたが、この頃はすでに須藤の影響も多分に受けていました。須藤は多くのものを私に買い与えてくれました。


 スーツや靴、鞄、彼好みの服。いくつかの宝石もプレゼントしてくれました。


 私の部屋にはなかった、エアコンも、食洗器も取り付けてくれました。


 前から欲しいと思っていた、ホームベーカリーも買ってくれました。


 結婚していた頃、誕生日プレゼントに欲しいと貴之に伝えたのに。

本当に活用するのかと疑って、貴之は買うのを渋りました。


 欲しくもないのに、大きなテレビも須藤は買ってくれました。きっと、彼が見るためだったのでしょうが。


 欲しい物も、欲しくないものでも、あれこれと須藤は買い与えてくれました。貴之よりも、私は須藤といる方が楽でした。


 結婚していた頃よりも、ずっと・・・


 須藤の方がずっと、私に良くしてくれた。経済的にも、時間的にも、私を自由にしてくれていた。


 ―もうそろそろ、潮時かもしれないけれど・・・


 そう胸の中で呟くと、心かげる思いがしました。


 けれど貴之のところへ戻りたいなんて微塵みじんも思わない。貴之も、須藤も私には必要ない。今はもう、綺麗に片付けてしまいたい。


 しっかりしなくては・・・


 どちらも上手くやらなくては。弱みを見せたりしないように。


 できるだけ、冷静で冷徹な私であろうと自分をいましめていました。

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