第54話 会社訪問

 この日は須藤に同行し、初めて営業社員として外回りをすることになっていました。複数の取引先を訪れる予定でした。


「ユリちゃんが運転してみたら?」


 須藤から社有車のキーを渡されました。中心部は運転したくありませんでしたが、須藤が私を運転に慣れさせるために言っているのはわかったので、仕方なく鍵を受け取りました。街中は一方通行も多く難儀でしたが、須藤の案内があったのでなんとか走れました。それでもひとりで運転するのはまだ厳しく感じられました。


 取引先の会社に着くと、受付で須藤は慣れた様子で名乗り、担当者の名前を告げました。パーテーションで区切られた応接へ案内されました。須藤に促され座りましたが、間もなく担当の方が現れたので立ち上がりました。


 須藤は慣れた様子でその方に挨拶をしました。私はどうして良いのかわからず固まっていました。


「・・・うちの部に新しい社員が来たものですから、今日は紹介したく思いまして。今後はこの桜井も御社の担当にさせていただく事になりました。なにとぞよろしくお願いいたします。」


 いくつか言葉を交わしたあと、須藤はその方に私のことを紹介しました。


「お世話になっております。須藤と一緒に担当させていただくことになりました。桜井と申します。よろしくお願いいたします。」


私は頭を下げて挨拶をしました。


「山本と申します。いつも須藤さんには大変お世話になっています。女性の方にも来ていただけると、華やかになりますね。よろしくお願いいたします。」


 山本さんという方は四十代前半ぐらいに見えました。ごく和やかに挨拶してくれました。いっぽう私は気持ちが焦り、何度も頭を下げながらなんとか言葉を返しました。名刺をお渡しするようにと須藤に指示され、また慌てふためきました。すぐに取り出せるようにしたはずなのに、どこへしまいこんだのかわからなくなりました。もたもたと鞄の中を探し回りました。


「すみません、名刺をどこに入れたのか・・・ちょっと、待って下さい。」


 慣れないことをしている自分が恥ずかしいのと、はたで見てもさぞ、不慣れでぎこちなく映っているだろうと思うと逃げだしたい気分でした。


「ユリちゃん、落ち着いて。山本さんはすごく優しい人だから、そんなに緊張しなくていいから。」


 苦笑いされつつ、須藤からなだめるように声をかけられました。


「ユリさんと言うんですか。とても初々しくて可愛らしい方ですね・・・須藤さん、こんな女性と一緒にお仕事となれば、さぞ気合が入るんじゃありませんか?」


 山本さんという男性はからかうように須藤に言葉をかけました。


「まあ、もちろん悪くない気持ちではありますが・・・この通り、今日が初めての外回りですから、覚えてもらいたいことは多々ありますね・・・まあ、温かい目で見守って頂けたらありがたいです。」


 須藤が話すうちに、私はようやく名刺を見つけ、なんとか差し出すことができました。山本さんの名刺もいただくことができました。そのうち須藤が山本さんとなにやら話し出しました。彼らがあれこれ話すところには入り込めず、ただ眺めて聞き入るのに精いっぱいでした。

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