第53話 営業初日

 月曜日、須藤と彼の担当する取引先へ出向く事になっていました。須藤は今後、私にスーツを着用するように命じていました。この頃は事務の仕事から、本格的に営業の仕事へシフトしてゆくことになっていました。


「おはようございます、須藤部長。」


 私は須藤の指示通り、制服ではなくスーツを着ていました。まだ慣れなくてぎこちなく感じました。自分の席へ行くまでにも、何人もの人達から服装の変化について声をかけられ気恥ずかしい思いをしました。


「おはよう、ユリちゃん。いいね、とうとうユリちゃんも営業社員というわけだね。すごく似合ってる。」


 須藤は満足そうに、何度も上から下まで眺めまわしました。いくぶん不躾ぶしつけな視線ではありましたが、すでに他の人達からも、物珍しげに見られていたので仕方なかったのかもしれません。


「ユリさん、おはようございます。おっ、今日はまた一段とエロいですね。ヘアスタイルも変わったし、スーツによく合っていると思いますよ。」


 そう声をかけてきたのは真矢ちゃんでした。このところ真矢ちゃんは私が何をしてもエロいと言うのがお約束でした。


「ありがとう。でもスーツって全然好きじゃないけど・・・今日から外回りなんて、緊張するね・・・」


 今後は毎日スーツを着なくてはならないのは憂鬱でした。


「おお、桜井さん。ピカピカだね!ところで先生、ちょっとおじさんに教えてもらっていい?」


 今度は山村課長に声をかけられました。営業支援システムのエラーの件でした。何人かのおじさん達は、このシステムについて何かあると、私のことを先生と呼ぶようになりました。


 須藤にこの新しい厄介なシステムの担当にされて以来、ことあるごとに呼びつけられる役回りでした。最初の頃は皆が操作に慣れていない上、エラーの起こりやすい状況でしたから、目まぐるしいことこの上ありませんでした。


 ですが部の人達と頻繁に接する機会になりましたから、結果的にはこの役割をあてがわれたのは良かったと思います。システム課へ問い合わせをすると厳しくあしらわれてしまうが、桜井さんの方が丁寧に教えてくれると感謝を伝えてくれる方もいました。役割を与えられることは、自分の居場所ができることでもありました。


「ああ、こうなった時は、まずここをクリックして・・・」


 山村課長のデスクへ向かい、手順を説明しました。何度も見慣れたエラーでしたからすぐに解決しましたが、いまだに不明なエラーが現れることもありました。そんな時はシステム課へ確認し、それから開発業者さんへ問い合わせすることもありました。私も素人でしたが、部の他の人達よりは経験値が上がっていました。


「おお、桜井先生、助かったよ。さすがだね。ところで、イスはイスでも食べられるイスはなーんだ?」


 唐突でしたがまた山村課長のダジャレ攻めが始まりました。いつものことでした。


「えーと・・・そうだ、アイスクリームですか?」


 自信を持って答えましたが、山村課長はにやにやしました。


「・・・おじさんの好きな食べ物だよ。」


 そう言われても、他には思いつきませんでした。


「え~・・・アイスじゃないんですか?うーん、わかりません・・・」


「こたえはオムライスだよ!今度、昼間の外回りのときにおじさんと食べに行くかい?」


 思いがけないこたえと、山村課長はオムライスが好きだと知って、きゅんとしました。可愛すぎるかもしれないと思いました。


「山村課長、オムライスが好きなんですね・・・じゃあ今度、連れて行って下さいね。」


 そう伝えると、山村課長は目を輝かせてにこにこしました。


「もう、またイチャイチャしてるんですか?朝っぱらから・・・たいがいにして下さい。」


 山村課長と絡んでいると、真矢ちゃんに怒られるところまでがいつものパターンでした。

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