第16話 営業事務
月曜日、出社してから私は元の部署と異動先の部署を行き来していました。時間配分を決め、元の部署では引継ぎ作業をし、須藤の部署である法人営業部でも営業事務の仕事を教わることになっていました。
須藤は早めに営業へ出かけたので、顔を合わさずに済んだのが幸いでした。前の週の金曜から週末にかけての出来事をふまえると、彼を前にして普通にしていられるのか、自信がありませんでした。彼にとってもそうだったのか、あるいは私を気遣ってのことだったのか、須藤はその日、ほとんど外出したままでした。
私は新しい業務を覚えるのに悪戦苦闘していました。そうは言っても私に限ったことではなかったようです。その頃、営業社員向けに新しい支援システムが導入されましたが、このアプリケーションは不具合に次ぐ不具合続きでユーザー側では混乱をきわめていました。このシステムのせいで皆が困っている状態で、まだ試用段階でしたが、とても実用的なレベルではありませんでした。
そういった苦労もありましたが、法人営業部には事務職の女子社員もいて、悪くない環境でした。以前から須藤に居酒屋へ連れて行ってもらっていたメンバーの真矢ちゃんや前田さんとはすでに人間関係もあり、雑談も交えつつ仕事を教えてもらいました。特に真矢ちゃんは明るくて話しやすいので彼女の近くで過ごせるのは楽しい時間でした。
「ユリさんと同じ部署になるなんて、ビックリですよね。でもなんか、すぐなじんじゃいそうな気がするけど。」
男性の営業社員達は出払っていることが多いので、実のところ、おしゃべりのしやすい環境でした。
「そうだよね。私もまさか営業なんて・・・と思ったけど、生活も厳しかったし、将来のことを考えると、社員になれるならチャレンジするべきだと思って。」
真矢ちゃんは元の部署の先輩達より話しやすい存在でした。私よりも何才か年下で、いくぶん気安さもありました。
「ユリさん、度胸ありますね~まあ人間関係的には、ここのおじさん達は基本的に優しいから、なんとかなると思いますよ。」
法人営業部の男性たちは比較的年齢層が高かったので、真矢ちゃんはまとめて「おじさん」と呼んでいました。会社の男性社員の平均年齢は全体的に高かったので、女子社員たちは男性社員のことを噂するとき、「おじさん」と呼ぶことが多かったように思います。
私もかつては結婚している男性や、「おじさん」と呼ばれる人達は色恋とは関係ないところに生きているものと考えていたのですが、須藤との件を通して自分がいかに勘違いをしていたかを思い知らされました。
反省するべき点は、「おじさん」と呼ばれる人々を男性として認識していなかったことです。大きな間違いであったし、世の男性達に対して失礼でもあったと思うようになりました。さらには自身のことを「女性」だと認識する気持ちが乏しかったためにトラブルに遭ったのだと思います。
自分のことも、他人のことも、性的な存在として認識するべきであり、それが自分を守ることにつながるのだと遅ればせながら学びました。
「ほんとは、まだ内勤に未練あるけど・・・せめて営業事務のポジションだとありがたいのにね・・・外に出たり、数字を持つって恐怖なんだけど。」
私は真矢ちゃんにこぼしました。
「まあ、しばらくは事務と並行してのお仕事のようだから頑張って下さいね。ユリさんならどちらもうまくやれそうですよ。っていうかこの営業支援システム、ほんとろくでもないですよね!おじさん達なんて全然使えないから、サポートが大変ですよ・・・」
真矢ちゃんに入力の仕方を教わっている最中も、エラーの連続でした。システム課へ内線をかけましたが、責任者の方は不在でした。
「ほんとこれ、営業妨害システムって言われてるんですよ。どうしようもないですね!」
真矢ちゃんはおかんむりで、仕事の効率がすっかり下がってしまっていると不満が尽きないのでした。システム操作に関しては、少々先が思いやられました。
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