第113話 退職
須藤との別れ話は私が主導権を握っていたかのようでした。
最後に私は須藤の携帯に私の写真が残っていないか確認するのを忘れませんでした。案の定、かつて彼といろいろな場所へ出向いた頃の写真や、私の裸体を写したものもありました。須藤は渋りましたが、全て削除させました。
いろいろなことが起こりすぎて、この頃の記憶は曖昧です。
須藤の妻が現れ、有無を言わせない大きな力が自分に対して働いたような、そんな感覚でした。
須藤はまだ揺さぶりをかけてくるときもありました。私とは別れたくない。彼は東京へ転勤することになっていて、単身赴任をする。別れずにすむ方法はあるはずで、会社を辞めた上で私に東京へ来る気持ちがないか等、打診されました。
ですが彼の奥さんを知ってしまったことで、私にはすべて終わったことでした。
有休消化のため、退職を決めた社員は出勤しない日も多くなりました。転勤を命じられる人も続出し、人員がこれまでの半数以下になる見込みでした。それぞれの部署で送別会が頻繁に行われ、去る側よりも残る側の方が不安に襲われているようでした。
会社の体制がどうなろうと、それでも私は残るつもりでした。いつかは部署を変われるかもしれないと、淡い希望を持ち続けていた頃の自分が、皮肉に懐かしく感じられました。
ある秋の月末のことでした。
退職を決めた社員達が朝礼でそれぞれの挨拶を済ませ、職場を去ることとなりました。
辞める人もそうでない人も、今後の身の振り方を多かれ少なかれ考えあぐねたことでしょう。
須藤の奥さんが寛大であったおかげで、もっともらしい体裁のなかで私は退職の日を迎えました。退社する人達はそれぞれ花束を受け取り、残る方達に見送られながら職場をあとにしました。
私の場合は自業自得の報いでしたが、複雑な気持ちでした。須藤のことも、もう遠い人のようにしか感じられませんでした。
退職金が多めにもらえたり、須藤からもお詫びめいた手切れ金をもらっていて、当面の生活には困らない程度のお金は手にすることができました。
ですが、その先は・・・すぐに動くつもりはありませんでしたが、正社員の職を失ったこと、再び職探しをしなければならないこと、今後の生活のことを考えると、深い痛手となりました。
心細くてたまりませんでした。
大切だったいろいろなものを失いました。
職を、収入を、愛してくれた男性を、安定した生活を、会社に属している安心感や、仕事を通して得た人脈、信用、人間関係を。
この数年間、手探りでもがきながら、積み重ねてきたいろいろなものを。
ですがそれらは、砂のお城のように脆く危うい不安定なものでしかありませんでした。
心のどこかでわかっていたことでした。不実によって成されたものはやがて失われるべきときが訪れることを。
少し冷たく、凛とした空気の心地良い、ある晴れた秋の日。
私はすべてを失いました。
*
告白2 =愛人体質=(完)。
告白3 =愛すべき人= へ続く
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