第67話 誤解

 急に現れたその相手を認めた私は狼狽しました。


「優理香・・・だよね、やっぱり・・・」


 目を見開いた貴之が、憐れむかのような、それでいて感動しているかのような奇妙な感慨を伴った声で私に近づいてきました。私は激しく抗議の目を向けました。


「すぐに気付かなくて・・・優理香のようだと思ったけど、違うかもしれないと思ったから。すごく、変わった感じもしたから・・・」


 なぜこんな時に、と思いました。この人はなぜこのように親しげに口をきいてくるのか、まるで不可解でした。わめき返したいほど気持ちが煮えくり返りましたが、泣いていた最中で言葉が出ませんでした。


「・・・俺も本当は会いたいと思っていたし、会うべきだと思っていた。俺も、ずっと辛かった・・・」


 やっと絞り出したかのような声で彼はつぶやきました。私の中にある彼の面影がいつも冷たかったのが嘘のように、憐れみ深い眼差しを向けられました。


 すぐそばまで歩み寄ろうとする相手に、やめてと叫ぼうとしました。大きな声で拒絶の言葉をぶつけたかったのです。なのに口から出た声はかぼそく震えていました。自分が思うよりもひどく弱々しい声でしかありませんでした。それでも彼はそばに寄ろうとする足を止めました。


 あたかも彼が悪いことをしたかのような、いたわるような目で私を見守ることに私はひどく苛立っていました。


「・・・貴之に会ったことで、泣いているわけじゃないから・・・勘違い、しないで。」


 私は泣いていたことが腹立たしく決まり悪く、その上言葉がよく出ないのを歯がゆく思いました。


「・・・じゃあ、どうして泣いてるの?ここで、こんなところで・・・」


 そんな事を聞かれても困りました。なぜ今、ここで私が泣いていたのか・・・須藤のことで心弱くなっていたのですが、その前に思いがけず貴之の姿を見てしまったことも、心乱れやすくなる要因だったのかもしれません。


 非常に分の悪い状況に立たされていました。悪いことが重なってしまっただけの話でした。


「貴之には関係ない。本当に気にしないで。私は元気にしてるから、じゃあ・・・」


 私はエレベーターに乗り込み一刻も早く立ち去ろうとしました。ですが貴之も後を追って乗り込んできました。彼がまっすぐに私を見つめているのが不快でした。


「優理香。今日じゃなくてもいいから、ちゃんと会って話すべきだと思う。」


 私はもう黙っていました。今さら何を言いだすのかと一層心が荒みました。


「・・・俺はずっと後悔してた。優理香も、終わっていないよね・・・?」


 先ほどの私の様子が、まるで彼にとって有利なカードであるかのように彼にはとらえられてしまったようでした。


「いいえ、もう終わったことです。会う必要はありません。さようなら。」


 エレベーターが1階に着くと、私は氷よりも冷ややかに、彼の顔も見ずに告げました。当然ながら振り返りもせず、エレベーターから足早に立ち去りました。

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