第76話 壊れた心

 貴之からの電話を受けたあと、私はひどく取り乱していました。興奮して、涙が止まらなくなり狼狽しました。オフィスビル内にある女性用トイレへ閉じこもり、心を落ち着かせようとしました。


 トイレの中へ駈け込んでも、気持ちは乱されたままでした。貴之との記憶が溢れて止まらず、心が引き裂かれるようでした。少しも涙はおさまらず、辛く苦い感情が自分から流れ出すばかりでした。


 あの人とのことは、過去は、捨てたつもりでいました。私はもう、傷つかないはずでした。


 なのにまだこれほどまでに心乱され、憎み、癒えていないことに驚きました。

 今さらの、彼の言葉は耐え難いものでした。


 自分が間違っていた、後悔している、と。


 あの頃の私がどれほど、彼がそう思ってくれることを願ったか。


 どれほど、彼が歩み寄ってくれることを切望していたか。


 謝罪の言葉すら、必要ではありませんでした。


 私はただ、彼に抱きしめて欲しかった。

 私に触れてくれるだけで良かった。


 私がどれほどあの人を求めていたか。


 だけどあの人はいつも私をうとんじていた。


 私があの家を飛び出しても、引き留めようとも、探そうともしなかった。

 もうあまりに遅すぎる。許せるわけがない。


 私はもう、変わってしまった。


 須藤に抱かれた。須藤の愛人になってしまったのだから。


 もし貴之が、私をあの頃の優理香と同じように思っているのならば。


 あざけり、笑い出したい気持ちになるのでした。

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