第99話 癒し

 遥香さんの申し出は、私の中に新しい風を吹き込んでくれたようでした。それまで淋しく、心荒みがちだった私の生活を鮮やかに変化させてくれました。


 須藤との満たされない関係に心を蝕まれ、貴之や他の男性たちと飲み歩くことも増えましたが、それでもやはり満たされなくて自棄になりがちだった私の鬱屈したエネルギーが逸らされることとなりました。


 講師の仕事を始めるにあたって、遥香さんのいる教室へ出向く機会が増えました。英会話力を磨くために会話サロンへ参加したり、授業を見学させて頂いたり、レッスンの教材について相談したり、教室のオーナーや遥香さんと打ち合わせをしたり、とにかく自分にとって新しい世界と関わる時間が増えました。


 もともと英語が好きでしたから、そのように過ごすことは、私の精神を劇的に回復させ始めていました。仕事を愛し、情熱を持って取り組む遥香さんや他の先生たちと接したり、勉強熱心で学ぶことを喜んでいる生徒さんたちに会うことは、心洗われるような時間でした。


 それでもどこか、私は怯えていました。自分のような人間が、この場にいて良いものかと心陰る瞬間がないわけではありませんでした。私のしていることを知られてしまったりしたら・・・上司の愛人になるような女であることをこの人達に知られてしまったなら・・・そんな想像をかすめただけで、逃げ出したくなる時もありました。


 ですが本当は、ずっと憧れていたのかもしれません。まっすぐに生きることを。遥香さんのように、他の先生たちのように、好きな仕事をして、情熱を持って輝いて生きることを。生徒さんたちのように、学びたいこと、憧れたものに素直に取り組み努力するようなあり方を。


 ここにいる人達は、私にはまぶしすぎました。

 そんな人たちの中にいるのは、切望していた反面、怖いことでした。


 それでもここにいられたら、もしかすると、勇気を持てるかもしれない。


 そんな思いがよぎりました。


 いずれは、戻れるかもしれない。私のしたことは消せなくても、ここにさえいれば・・・


 陰の中にいることが当然になっていた心が、かすかな光を見出し始めていました。


 その時はまだ想像しかねました。やがて私を揺るがす大きな波乱のときが訪れることを。


 怖れつつもずっと望んでいたその機会は、私の知らないところで、少しずつ近づいていたようでした。

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