第111話 告知
須藤の妻と会見した数日後のことでした。須藤は出張から戻り、私の家で会うことになっていました。
本来ならば、会社以外の場所で須藤と会うべきではありませんでしたが、私から彼に別れを伝えて欲しいと須藤の奥さんから告げられていました。
「残念ですが・・・私は会社を辞めざるを得なくなってしまいました。須藤部長の奥様からのご要望です。」
須藤がソファーに座ると、コーヒーを出しながら私はすぐに伝えました。
「ずっと、私達のことをご存知だったそうです。」
須藤はわけがわからないといった様子で私を見つめました。奥さんからは何も伝えられていなかった様子でした。
「娘さんが不登校になられていたそうです。奥様にも、娘さんにもつらい思いをさせていましたね。知られまいと隠していたつもりでも、いかにしてもわかってしまうということなんですね。」
須藤の奥さんはずるいと思いました。彼に伝えるのは彼女であるべきではないのかとも思いました。それほど須藤と話すのが億劫なのかと、逆恨みしそうな気持ちにもなりました。
「・・・須藤部長、私の写真を撮っていましたね。裸で眠っている写真を。ひどいじゃありませんか。」
ホテルで写真を見せられた恥ずかしさを思い返すと気持ちが煮えくり返りそうでした。怒りを堪えつつも、さすがに責めずにいられませんでした。
須藤はすぐには理解しかねたようでした。何事かと、呆気にとられたような顔をしました。
「・・・だって、起きていたら撮らせてくれないよね。とても綺麗で、忘れたくなかったから。」
どこか拗ねたふうな、まるで正当化するかのような須藤の言い草でした。勝手な理屈にとげとげした気持ちになりました。
「ありがたいことに、ご自宅のパソコンの中にあるものは奥様が全部消して下さったそうです。私の写真も、メールのやりとりも、すべて奥様はご存知のようでしたよ。恥ずかしくて死ぬかと思いました。」
須藤は衝撃を受けたような、さすがに驚いた顔をしました。そして傷ついたような表情を浮かべました。
「そんな・・・ひどいな。大切にしていたのに。俺とユリちゃんの思い出なのに。」
どうしたわけか、まるで彼がひどいことをされたかのような口ぶりでした。
「ひどいのはどっちですか。須藤部長の奥様、限りなく寛大で優しい方でしたから、私はもうどうすることもできません。これ以上、少しでもあの方を欺くことなどできるわけありません。もうおしまいにしましょう。」
私は早口に、いくぶん投げやりに伝えました。
「私は失業するんです・・・やはりリスクの大きいことでしたね。自業自得かもしれませんが・・・須藤部長は何も失わない。仕事も、ご家族も・・・やっぱり私だけが割を食うというわけですね。でも仕方ありません。承知していたつもりです・・・」
正直なところ、私はその状況を実感できてはいませんでした。その時は、やっと終わらせられる。自分の気持ちだけではどうにも踏ん切りのつかなかったところを、別の大きな力が働いてなんとか動かせたのだ、という感覚でした。
「須藤部長の奥様・・・とても印象的でした。おそろしく聡明な方ですね。並の方ではありませんでした。」
あの女性の、根元の部分で他人を認め尊重している姿勢に心打たれていました。悲しみを知り、抱えながら、それでも仕方ないと折り合いをつけてきたのでしょうか。彼女の憂いを帯びたまなざしに、私は自分自身を本当に恥ずべき存在として思い知りました。
「結局のところ・・・須藤部長は、本当は奥様のことを・・・あの方に振り向いて欲しかったのではありませんか?それがかなわなくて、寂しさを紛わすために私や、他のいろいろな女性とおつきあいしていたのではないですか?」
嫌味のつもりはなく、そう尋ねてみたくなりました。
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