第32話 須藤の噂
「このシステムも、初めの動作ぶりには気が滅入りそうでしたが、少しずつエラーが改善されていますね・・・」
システム課の佐倉課長へつい本音を漏らしてしまいました。こちらの課での作業も日数を重ねるうちに、開発業者さんの手直しや法人営業部側から指摘されていた改良点も反映されつつありました。
「まあ、はじめの段階は、トラブルがつきものだからね・・・初期不良というやつだね。でも俺も正直、最初はヤバいなと思ってたけど・・・」
佐倉課長も同調しました。どの部署の仕事も、それなりの苦労がつきものなのかもしれないと感じました。
「ありがたいことに、少しずつまともになっているよね。桜井さんがいろいろ協力してくれて助かっているよ。」
佐倉課長は何かと私のこともねぎらってくれるので、当初は気が重かったものの、こちらの作業もだいぶ慣れてきていました。
「法人営業部の方はどう?前の部署よりもおじさんばかりだけど大丈夫?」
ふと思い出したように、佐倉課長に尋ねられました。
「皆さん良い方ばかりですから・・・事務の方達とも仲良くさせて頂いています。おかげさまで、楽しくお仕事させてもらっています。」
法人営業部では真矢ちゃんや前田さんと一緒に仕事をするのが楽しみな時間でした。営業社員たちが外へ出ると雑談もしやすく、余裕のある時など、ふざけ合っている時間の方が多かったかもしれません。
「それなら・・・良いけれど。でも、桜井さんって須藤部長のところだからね・・・気を付けた方がいいと思うよ。」
さりげない口調でしたが、明らかに含みのある言動でした。私は佐倉課長の表情を探ろうとしました。
「須藤部長にも、いろいろ親切にして頂いていますが・・・気を付けるというのは・・・どういったことでしょうか?」
私は既に、佐倉課長の言わんとすることを察知していましたが、あえて尋ね返しました。
「須藤部長は・・・仕事もできるし頭も良いし、もちろん悪い人ではないけれど・・・ここだけの話ね、いろいろ華やかなところもあるから、気を付けてね。桜井さんみたいな人は特に。」
佐倉課長は言葉を選んでいたようですが、つまり須藤は女性関係が派手だとか、女性に対して手が早いとか、そういった前科もあったのでしょう。なんとなく予想はついていました。
「須藤部長は、女性関係が華やかということですか?社内の方と、そういうことがあったのですか・・・?」
須藤は会社でそれなりの立場で、財力もありますし、女性のことも何かと有利にできそうなのは理解できました。ですが過去に、社内恋愛的なこともあったのかどうかは気になるところでした。
「まあ、俺もすごく詳しいわけじゃないけど・・・社内の人もだったとか、あるいはそうとは限らないとか、いろいろ。」
結局佐倉課長には言葉を濁されてしまい、詳しいところはわからずじまいでした。
「ご忠告をありがとうございます。ですが須藤部長はだいぶ年上の方ですし・・・結婚もされていますし・・・法人営業部の男性は、ほとんど既婚の方ばかりですね。」
私はそれとなく須藤や部署内の男性達は対象外であることをほのめかしました。
「そうだよね。でも男ってバカだしね・・・まあ、みんながそういうわけじゃないけれど。会社で毎日会えたりすると、だんだん勘違いしてきたりするからね。この会社でも、皆さんいろいろあったりしたからね。」
佐倉課長は私よりもずっと勤続年数が長いわけですから、この会社における男女のいろいろな歴史を知っているようでした。
「そういうものでしょうか。まあ、大丈夫とは思いますが、気を付けます。いろいろお気遣いをありがとうございます。」
そうお礼を伝えたものの、佐倉課長といい、前田さんといい、彼らのアドバイスは間に合いませんでした。あるいは忠告されたとしても、よく理解できなかったかもしれません。以前の私は自分が女であるとか、男性には性的な望みがあるとかいうことに疎すぎて何もわかってはいませんでした。
そんな時代も過去となり、私はすでに須藤のお手つきの女となりました。周りに悟られぬよう、うまく立ち回ることが今後の課題でした。
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