第33話 歓迎会

 その週の金曜日、法人営業部では私の歓迎会を催してくれました。定時で仕事を終え、真矢ちゃんと前田さんと、会社近くの居酒屋へ向かいました。


 お座敷のある、よくある和風の居酒屋でした。早めに着いたので奥の方で真矢ちゃん達と座っていましたが、後から来た須藤や他のおじさん達に、女性が固まって座るのはいけないと指示を受けました。


 私の歓迎会でしたから私は中央の席に据えられ、真矢ちゃんや前田さんも散り散りにおじさん達の中へ組み込まれてゆきました。須藤は私の隣には来ませんでしたが、少し離れた斜め向かいの席へ落ち着きました。


 法人営業部は事務の女性も含めて15人ほどの部署でした。既に全員の顔と名前はわかっていましたが、よく話す方もいれば、ほとんど接点のない方もいました。


 先に来た方達は端の方へ座ってゆき、私の隣の席はしばらく空いていましたが、やがて山村課長も到着して私の隣へ座りました。部の中では話しやすく、気心の知れている方だったので少しほっとしました。


 ほぼ時間通りに全員が揃ったので、須藤が始まりのあいさつをして、私にも何か一言述べるように促しました。自分の歓迎会とは言え、このような場で何を言ったものか少々戸惑いましたが、慣れない仕事に緊張していることや、新しい部署の方達が良い人ばかりで心地よく仕事をさせてもらっていることを伝えました。


「まだまだ皆さんのお世話になるばかりでお役に立ててはいませんが、少しずつこちらの仕事を覚えてゆこうと努力しているところです。皆さんとお仕事ができることを嬉しく思っています。どうぞよろしくお願いいたします。」


 短いスピーチを締めくくると、須藤が乾杯の音頭を取りました。ビールは苦手でしたが、我慢して飲み込みました。


「さあさあ、桜井さん、どうぞ。ビールをあびーるほど、飲んでいいからね。」


 隣にいた山村課長から早速のおやじギャグとお酌攻撃にさらされました。不覚でしたが、またも私は彼のしょうもない台詞に吹いてしまいました。ダジャレというのはシンプルで下らないほど私好みなのでした。


 ビールをあびーるって・・・なんてベタな・・・としばらく止まらずに、忍び笑いをしていると、向かいに座っていた守屋さんという方に声をかけられました。


「桜井さんってもしかしておやじギャグ好きなの?まさか、意外だったね・・・はい、こっちもあびーるほどどうぞ。」


 とまたビールを注がれました。ダジャレは好きでしたが、ビールが好きなわけではないのに・・・と思いながら、コップに口をつけました。


 そのうち、他の方達が入れ替わりにビールをつぎに来てくれました。仕事は大変だと思うけれど頑張って下さい、とか、わからない事があったら遠慮なく言ってね、等々、皆さん優しい言葉をかけてくれました。ビールは苦手でしたが、彼らなりの歓迎のスタイルだったようです。あまり飲めないものの、無理やり少しずつ体に流し込みました。


 そうして飲んでいるうちに、須藤も私のところにきました。


「ユリちゃんって、ビールは苦手じゃなかったっけ?本当は飲めるのかい?」


 そう尋ねられ、私は首を振りました。


「いいえ、実は苦手で、あまり飲めないんです・・・でもせっかく、お酌していただいたので・・・」


 新しく部署に来たばかりの新人なのに、ビールは嫌いです、と言えるほどの図太さは持ち合わせていませんでした。


「ユリちゃん、無理するのは良くないよ。別のものを頼んだら?」


 そのように勧められ、甘いサワーを注文しました。須藤はウーロン茶のピッチャーをお願いしていました。周りのおじさん達にも、彼女は本当はあまり飲めないから、と説明してくれました。


「彼女にお酌する人はこのウーロン茶でどうぞ。」


 そう周りに促してくれて、助かりました。


「ではあらためて、ユリちゃん、ご苦労様です。営業支援システムの方も大変だと思うけど、佐倉課長からよくやってもらっていると聞いています。頼りにしているから、困ったことがあったらちゃんと言ってね。」


 須藤がウーロン茶でお酌をしてくれました。


「須藤部長、ありがとうございます。お世話おかけしますが、よろしくお願いします。」


 少しほろ酔いになりながら感謝を伝えました。ビールをウーロン茶に切り替えてくれたことや、営業支援システムのことで褒めてくれたのも嬉しく感じていました。

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