第71話 不穏
心もとない日々でした。それも私には当然の報いだったのでしょうか。そんな中、また私の心を乱すような出来事がありました。
出先から会社へ戻ると、デスクには私宛にかかってきた取引先からの電話について知らせるメモが貼ってありました。そのこと自体は普通のことでした。日々外から戻ると、営業社員のデスクにはそのようなメモが複数貼られているのが常でした。
ですがその中に、私の心を凍りつかせる社名と名前があったのです。そのメモを見たとき、私は人知れずぎくりとしました。
取引先からの連絡を伝えるメモにまぎれて、元夫の勤務先の社名と彼の名字、そして連絡先を告げられた付箋紙が貼られていたのです。私は言葉を失ってそのメモを睨みつけました。素早く手に取り握りつぶすとデスクの下にあるゴミ箱へ捨てました。
非常に不愉快でした。なぜ今になってあの人は連絡をよこしてくるのか。しかも会社宛に。
思わず憤りましたが、冷静になって考えると、彼にとって私の連絡先が、この会社であることは仕方ないことだったかもしれません。私は彼と暮らしていた家を出た頃、携帯も変えましたし、メールアドレスも変えました。彼が私に連絡をしようとも無視するつもりでした。
とはいえ私がこの会社に契約社員として入社した時、私はまだ結婚していました。彼が私の就職先を知っていたなら、私にコンタクトを取ろうという意思があるならば連絡できないことはないはずでした。加えて、私の実家の連絡先も、彼は知っていたはずでした。
離婚したいと手紙で告げた私に少しも反対せず、それほどの時間もおかないままに、私の送りつけた離婚届は返送されました。彼からもきちんと記名、押印がされていました。
私たちはお互いしかるべき手続きを踏まえて離婚したのでした。確かに話し合いも何もありませんでしたが、あの時の私達にはもう必要もないことだと私は考えたものでした。彼が何かを話したかったというなら、あの当時に私と連絡を取ることは可能でした。そうしようと思えば、できたはずだと思うのです。
なのに、なぜ今ごろになって。会うべき理由も、話すべきことも私にはもうありませんでした。
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