第51話 創太

「お茶いれるから、ちょっと抱っこしててくれる?」


 沙也は創太そうたを私に手渡そうとしました。私は慌てました。


「だめ、怖いよ・・・泣くかも・・・」


 思わず拒否しました。小さな赤ちゃんを抱くのが怖かったこともありますが、私のような者がこの子に触れたら、この子が汚れてしまうかもしれないと恐れました。


「首だけ支えてくれれば大丈夫だから。下に置くよりダッコされている方が泣かないから、ちょっと持ってて。」


 沙也は気軽に、半ば強引に創太そうたを渡してきました。私はおっかなびっくりしながらその子を抱きました。かすかに甘い匂いがして、胸がしめつけられました。重さはせいぜい猫ぐらいだろうかと思いました。無垢な黒目に見つめられ、言葉を失いました。


 ・・・この子は汚れたりはしない。私が触れても、この子を汚すことなどできない。


 そう気付きました。強く心を揺さぶられながら、私は彼にお願いをしました。


 どうか、私を癒してください。汚れてしまった私のことを浄化してください。


 私はすがるような気持ちになり、少し泣いてしまいました。馬鹿げていると思われるでしょうが、自分のしてきたいけないことを、消してもらえるような気がしたのです。そんなわけないというのに。


 ですが創太そうたはすべてを許すような目で私を見つめていました。彼の目は、どんな罪人も裁きはせず、無条件で受け入れるような不思議な静けさを帯びていました。


 私は急いで涙に濡れた自分の顔をぬぐいました。沙也がそこから離れたキッチンにいたのは幸いでした。

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