第58話 偽のカフェ

「カフェバーすどう、ですか・・・?だってここってお部屋ですよね?レンタルルームか何かですか?」


 須藤はキッチンスペースに置かれたコーヒーマシンにお水をセットしていました。食器棚からカップを出し、コーヒーを淹れました。


「いまコーヒーを淹れているから、そこのソファに座ってて。まあ、レンタルルームとはちょっと違うんだけど・・・つまり、俺はこのビルのオーナーだから、本当はこの部屋も貸して家賃を取る方が良いけど、なかなか便利な場所だから、事務所兼倉庫として使うことにしてね。」


 須藤は事もなげな口調でしたが、私は驚いて彼を見直しました。


「須藤部長がこのビルのオーナーなんですか。」


 思わず繰り返しました。彼が副業をしていると聞いたことはありましたが、その内容について詳しく尋ねたことはありませんでした。


「でも、どうして・・・」


 どうして、と言うよりも、一体どのように・・・といろいろ不可解でした。須藤はコーヒーを持ってこちらへ来ました。彼はソファーへ腰を下ろすと話し始めました。


「もともと親が不動産を所有していて、その影響もあってね。と言っても俺はサラリーマンが本業だから、それほど沢山持っているわけではないけれど。俺の兄はかなり本格的にやっているから、いろいろ援助もあって、俺にも物件を増やすように勧めてくるけどね。」


 話を聞けば、須藤家は一族でビルやアパートなどの不動産を複数所有しているそうでした。はっきりとした戸数までは聞きませんでしたが、須藤はこのビルの他にもアパートや駐車場などの賃貸業をしているとの事でした。


「・・・やっぱり須藤部長ってお金持ちですね。いわゆる不労所得というものなんですね。」


「いや、借金もすごいけどね。まあなんとかやってるよ。」


 彼の金銭感覚が世間ずれしていたことにも納得しました。私は会社勤めをしながらそんな事ができるのかと、いろいろ疑問が出てきました。あれこれ須藤に尋ねてみると、彼はひとつひとつ丁寧に説明してくれました。とは言え意味のわからない言葉も多く、あまり理解はできませんでした。


「ところでコーヒーはもう飲んだ?ちょっと立ってくれる?」


 須藤は私の背を軽く引き寄せソファーから立ち上がらせました。


「このソファーってベッドにもなるんだよ。ちょっと休憩していこうか?」


 彼はなにやら細工を施し、ソファーの背もたれを倒していました。いわゆるソファーベッドという家具だったようです。


「須藤部長、まだ勤務時間ですよね・・・?そろそろ会社へ戻るべきでは・・・」


 平らになったソファーを見下ろしながら、半ば呆れた気持ちになりました。


「そんな、今さらだね。ユリちゃんこそ、カフェでさぼるつもりだったんでしょ?今日はもう十分働いたよ。」


 それほど働いたとは思えませんでした。会社へ戻ってからの仕事や日報の入力もありますし、紹介してもらった取引先の人々にお礼のメールも書きたかったし、私には初めてのことばかりで余裕などありませんでした。


「じゃあ、そういうことで・・・」


 彼は振り返ると、私を腕の中へ引き寄せました。ごく当然のように、私のコートのボタンをはずし、素早く脱がせるとそのへんに放ってしまいました。

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