第63話 うつろい
私は傷ついている自分に驚きました。自業自得ではありましたが、心の奥底では冷ややかに、うわべだけを取り繕った気持ちで付き合い始めた男性の心変わりにショックを受けていました。須藤と倉木さんが楽しそうに言葉を交わすのを目にした時、いたたまれなくなって逃げるようにその場を離れました。
その一方で、やはり、という思いもありました。既婚者でありながら他の女性に手を出す男など、いずれまた同じことを繰り返すに違いないという思いも当初から抱いていたわけです。私自身も打算ずくで彼との関係を始めました。正社員になれるならば、その上金品を貢いでくれて、生活の援助をしてくれるならばと、取引のつもりで彼と付き合い始めていました。
ですから後になって自分が傷つくなどと、滑稽きわまりない話でした。
私は動揺しながらも、いずれはどこかでやめるべき関係だったと自分に言い聞かせました。須藤に他の女性が現れたのならば、自分はうまく身を引くチャンスなのかも知れないと頭をよぎりました。暗い嫉妬心に
須藤との関係は、もともと当てにならない、先の見えないものと承知していたのに足を踏み入れてしまいました。その上私から別れを切り出すのは難しい状況でした。彼のおかげで社員にはなれたものの、関係が悪化すれば会社を辞めざるを得なくなるかもしれない、脆く危うい立場だったのです。
ですから私は会社でもその他の時も、彼の気持ちを害することのないように振舞っていたつもりです。彼が少々変わったことをしたがる時にも拒みませんでした。残業で帰りが遅くなったり、休日当番等の出勤日などは二人きりになるように仕向けられました。彼が社内で事に及んだ時も受け入れました。最初はいつ誰かが来ないかと怖れていたものの、回数を重ねるにつれ平気になってゆきました。
須藤といて驚かされたり、呆れることもいろいろありましたが、結局のところ私も彼と過ごすことを愉しんでいました。今にして思えば、だんだんと彼になびいていった私が、彼にはつまらなくなってしまったのかも知れません。
遅かれ早かれ、恋愛という関係には賞味期限があるのだと思います。この頃須藤の私への恋愛感情は枯れかけていたのでしょう。考えようによっては今はチャンスなのだと頭をかすめました。私が彼の心変わりに傷ついていたことは嘘ではありません。ですが反面、自分が悪者にならず、彼に憎まれない形で関係を終わらせる好機でもあるはずだと、暗い心で思い描いていました。
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