第62話 失墜
倉木さんは内面的にも美しい方と思われました。私よりも何歳か年上でしたが、非常に礼儀正しく謙虚で、穏やかな話し方をしました。小さなお子さんがいるのに離婚をされていましたから、おそらくは悩み抜いて苦労した経験もあったはずでした。内側で磨かれながらも、物静かで上品で、どこか謎めいた心しめつけられるような方でした。
正直なことを言えば、私は自分が綺麗だと感じる女性に惹きつけられる傾向がありました。美人ならば良いというわけではなく、内面の優しさや穏やかさ、温かみを感じられる方へ憧れを覚えるのです。その点で倉木さんにはどこか包容力のあるさまを見出し、私にとっても彼女は気になる存在でした。社内で彼女を見れば嬉しく、お話できたときは秘かに心をときめかせました。
ですから社内の男性たちが、そして須藤が倉木さんに惹かれたとしても少しも不思議には思いませんでした。それはごく当然というか、致し方ない出来事ととらえていました。
かと言って私が辛い気持ちにならなかったというわけではありません。須藤が彼女に言葉をかける様子を目にした時、私ははっきりと自分の気持ちを悟りました。
須藤が愛しいものを見るような、憧れの眼差しで彼女と言葉を交わすのを目撃したとき、私の心は言いようのない暗い嫉妬に見舞われていました。それは心痛くなる光景でした。彼の心がすでに私から離れ、移り変わったことを瞬時に思い知らされたのです。
同じ社内であの人の心変わりを見せられるのは酷な仕打ちでした。その頃須藤はあれこれと理由を挙げて、週末も私の部屋へはあまり来なくなっていました。だからと言って、倉木さんと深い関係になっていたとは言い切れませんが、彼にとって私の存在が重要なところを占めなくなったと感じていました。
愛され尽くされ甘やかされて、優位な立場にいると感じていた私は、いくぶん唐突にその地位から転げ落ちたのです。
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