第79話 反撃

 私の勤める会社のビルは、札幌の中心部にある地下街とつながっていました。私は少し距離を取って貴之の後について歩きました。


「札幌駅方面と大通方面ならどちらがいい?」


 また彼は普通に尋ねてきました。


「・・・大通の方で。」


 不本意ながらも受け答えをする自分に苛立ちを覚えていました。私の家は地下鉄でもJRでも通勤しやすい立地でしたが、普段はどちらかと言えばJRを利用していました。貴之に地下鉄で通っていると伝えたのは、なるべく家を知られないようにするためのせめてもの抵抗でした。


 地下街の中にある適当な飲食店を見つけると、貴之はここでいい?と尋ねました。私はどうでもよい気持ちで頷き、彼の後に続いて店の中へ入りました。


「優理香はお腹空いてる?何か食べる?」


 そんなことを尋ねられましたが、私は彼と普通に食事ができる気分ではありませんでした。なぜこのように、この人は以前と変わりない態度で接して来られるのか、不可解でした。


「飲み物だけでいい。ウーロン茶にする・・・」


 私はそう伝えました。彼と仲良く食事する気などありませんでした。


「そう。俺は少し食べるかな・・・優理香も食べたくなったら言って。」


 貴之は店員さんを呼んで、私のウーロン茶と、彼のビールと軽食を注文しました。


 注文を終えると、微妙な沈黙が訪れました。貴之は私を見つめました。私は思わず目を逸らしました。無意識のうちに、彼と目を合わせるのが躊躇ためらわれました。


 ですが、違う、と思い直しました。ここでひるんでいても仕方ないのだと。私はもう、以前の優理香ではない。この人に傷つけられるばかりだった昔の優理香はもういないのだから。


 そう思い知らせるべく、私は再び彼へ向き直りました。精いっぱいの勇気を呼び起こし、私は声を絞り出しました。


「・・・今さら、どうして連絡してきたの?私達、もうずっと前に離婚したでしょう?会社に電話されたり、押しかけられて迷惑しているの。もしかして、遅ればせながら慰謝料でも払ってくれるの?そういう話なら伺うけど。」


 私は怒りと憎しみと拒絶を込めて言葉をぶつけました。


 ―許さない。二度と、この人に自分を許したりしない。


 愛されてなどいなかった。その日その時の気分のままに私を傷つけ、私を振り回して平然としている人。そんな人を、かつては愛していた自分が、すべてだと思っていた自分が、今では愚かしくてたまらないのでした。

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