第96話 迷走

 貴之のことを、もちろん愛してなどいませんでした。ですが私も貴之も、淋しい人間であるという点で共通していました。そして須藤も。妻子があろうとも、あの人も淋しい人に違いありませんでした。


 その頃の私は須藤と貴之の他にも、たとえば社内の他の男性や、取引先の人でも、誘われ気が向けば出歩くようになりました。出かけたところでそれほど楽しいとも思いませんでしたが、そうでもなければ須藤に気を向けてしまいがちな自分が嫌でした。


 須藤と会う予定がなければ貴之と、あるいは貴之以外の薄い付き合いの人々と、時に気を紛らわすかのように遊び歩くようにもなりました。


 私は自分が女であることに気付いていました。滑稽な言い方かもしれませんが、須藤と知り合う以前の私はそのことをよくわかっていませんでした。元夫の貴之しか知らなかった私は経験値が乏し過ぎました。


 須藤とのトラブル以降、私は劇的に賢くなったような気がしていました。男性たちが自分を女として見ていることを、よく承知していました。その上で彼らを翻弄したり、気持ちを弄ぶかのような振る舞いをするようにもなりました。


 近づいてくる男性に優しくされても、その場その場をそつなく過ごしても、どこか冷ややかに彼らを眺めている自分がいました。私は近づく男性たちのエネルギーを吸い取らずにはいられない、たちの悪い、底意地の悪い女でした。当時の私のささやかな憂さ晴らしだったのかもしれません。


 そんなことを繰り返しても、心いやされるはずもありませんでした。その時は気付いていませんでしたが、むしろ少しずつ心が荒れていくようでした。


 誰かに助けて欲しいと願いながら、男性というものを憎んでいました。彼らを憎み、自分のことも憎んでいました。私の心はいつしか、少しずつ壊れかけていたのだと思います。

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