第25話 入浴

 部屋の予約は滞りなかったようでした。ホテルのエレベーターに乗ると、激しく口づけされた夜のことを思い出しました。この日はあのような性急さはなかったものの、須藤は静かに私の手を握りしめていました。


 部屋へ入ると大きなダブルベッドが目に飛び込んできました。窓から海を臨み、落ち着いた色合いの豪奢なインテリアが非日常を感じさせました。


「部屋のお風呂からも海が見えるらしいから、一緒に入ろうか。」


 ジャケットをハンガーにかけながら須藤に言われました。ごく当然のような口調でしたが、私は躊躇しました。すぐに返事ができませんでした。


 すでに体を重ねていたわけですし、恥ずかしがるのは滑稽だったかもしれませんが、一緒にお風呂に入るという行為はまだハードルを感じることでした。


「もしかして、お風呂は後の方が良かった?俺はそれでもいいけど・・・」


 須藤がむしろ嬉しそうに言うので慌てました。この人はシャワーやお風呂にも入らず事に及ぶこともありましたから、油断なりませんでした。


「いいえ、入ります。海の見えるお風呂なんてすごいですね。」


 少し虚勢を張って答えました。私はもうこの人の愛人になったのですから、恥ずかしいなどと言っている場合ではないと思いました。


「私が先に入りますから、後で来てくれますか。」


 本当はまだ気恥ずかしい気持ちを悟られたくなくて須藤の顔を見ることができませんでした。私は意を決してバスルームへ向かいました。


 客室のお風呂というのはビジネスホテルなどではトイレも一緒になっていて使いづらいものでしたが、この部屋のお風呂には洗い場があり、窓から海が見えました。天気の良い日だったので海の青さと空の色が映え心地よい眺めでした。とても好ましい造りだと感心しました。


 髪と身体を洗うと私は湯舟に入りました。石造りのお風呂に浸かりながら絶景を望めるのは、特別なひとときでした。


「ユリちゃん、そろそろ俺も行ってもいい?」


 つい心地よくなって忘れそうになっていましたが、入り口の方から須藤の声がしました。私は慌てて返事をしました。


「はい、もう大丈夫です。どうぞ。」


 何がどうぞなのやら、と思いました。一緒にお風呂に入ろうなどと、なんていやらしい人なのかと思いました。


 お風呂場の扉から須藤が入って来ましたが、もちろん彼は裸でした。私は目を逸らして窓の外の景色を眺めるふりをしました。


「お天気が良いので、すごく良い眺めです。」


 そんなことを言ってみましたが、我ながらぎこちない響きに感じられました。


 須藤はシャワーで体を流していたようですが、すぐに湯舟に入ってきました。私はまだ彼から顔を逸らしていました。


「ユリちゃん、こっちを向いて。」


 須藤は私のそばに来て、顔を覗き込みました。


「こういうのは恥ずかしかった?ユリちゃん頑張っていたみたいだから。」


 返事をするより早く、須藤は私を抱きしめ唇を重ねてきました。彼の舌がゆっくりと私の舌に絡みつくのを受け入れました。


 一度唇を離すと須藤は私を立ちあがらせ、身体を眺めました。暗く激しい彼の視線に思わず顔を逸らしました。須藤は私を荒々しく抱きしめ顔を寄せると、再び唇を貪りました。そのあまりの激しさに、あたかも自分は食べられてしまいそうだと秘かにおののいていました。

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