第105話 須藤の妻

「はじめまして。桜井優理香さんですね。夫がいつもお世話になっております・・・」


 その方もお辞儀をしました。彼女の言葉も丁寧な態度も、不気味な気がしました。ですがこの人があからさまな敵意を向けてきてはいないように思えることが、わずかな心の支えでした。


 須藤の奥さんは細身で小柄で、淡い色合いの服装も洗練されていました。いかにも高価そうなブランドバッグを当たり前のように身に着けていました。ご実家は病院を経営されていてお嬢様育ちである等、少しだけ須藤から聞いたことがありました。どことなく倉木さんを思わせるような気品のあるひとでした。


 この人が、須藤の奥さん・・・


 女性の目から見ても申し分なく、魅力的な女性に違いありませんでした。


「はじめまして・・・桜井です。」


 もう一度お辞儀をしながら、小さな声しか出せませんでした。その後、何を話せばよいのかまるでわかりませんでした。


「とりあえず、お茶でもいただきながらお話しましょうか。このホテルの中で良かったかしら?」


 屈託のない口調で、奥にあるラウンジを示しながらその方は歩き始めていました。


 そのホテルには大衆的なチェーンのカフェもありましたが、そこは行かないようでした。当然のようにラウンジへ向かうところが須藤の奥さんらしいような気もしました。


 ソファー席の多い、人もまばらな高級感のあるラウンジでした。そこへ入ったのは初めてでした。これから私達が話すには、席の間隔の近い混みあったカフェでは確かに似つかわしくなかったでしょう。


 慣れた様子で席を選び、その人は私にも座るように促しました。

 気後れのするほど、その人はまっすぐに私を見つめていました。心細い気持ちで私は腰をおろしました。

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