第30話 アドバンテージ

 週明けの月曜日。オフィスに着くと、つい元の部署に向かっていたものでした。元の自分の席まで来ると、すでに以前とは様相が異なり、怪訝けげんに思いました。


「桜井さん、おはよう。もう戻ってきたの?」


 斉藤課長と目が合うと、からかうように尋ねられました。


「おはようございます。はい・・・ええと、間違えました。もうあちらでしたね。」


 そそくさと法人営業部の方へ移動しました。もともと距離も近いのですが、朝からうっかりしてしまいました。


「ユリさん、さっき、席を間違えたでしょ?見てましたよ。」


 既に席にいた真矢ちゃんに声をかけられました。目ざといところのある人です。


「違います。お世話になった元の上司にもきちんと挨拶をしなきゃと思って。」


 なんとかごまかそうとしましたが、我ながらちょっと苦しい言い訳でした。


「ユリちゃん、おはよう。」


 自分の席まで行くと、すでに須藤も席にいました。


「おはようございます。」


 できるだけ普通に、事務的に言ったつもりでしたが、週末彼と会っていたことを思い出してしまい少し落ち着かない気分でした。彼がオフィスでもそばにいるのは気恥ずかしいことでした。いずれは慣れるのものなのかと、心もとなく思いました。


 須藤はにこにこしながら、今日も美人だね、と小声でささやきました。周囲には聞こえないように気を遣っていたつもりなのでしょうが、またもやもやした気持ちなりました。


「ちょっと、真矢ちゃんに教えてもらいたいことがあるので行ってきます。」


 なんとなく言い訳めいた気もしましたが、仕事に関して聞きたいこともありノートと筆記用具を持参して彼女の席の方へ移動しました。前田さんも来ていました。


「おはようございます。」


 真矢ちゃんと前田さんは隣同士の席で、楽しそうに雑談をしていました。自分もこちらの席なら良かったのに、と改めて思いました。


「ユリさん、また来たんですか。すぐこっちに来ますよね。」


 真矢ちゃんはすぐに人をからかってきますが、軽く話せて楽しい子なので好きでした。


「だってあっちはおじさんばっかりだもん・・・いいじゃない、仲間に入れてよ。」


 私は小声でぼやきました。


「仕事手伝ってくれるならいいですよ。今日も精査の書類モッサリですよ。」


 前田さんはデスクに山積みにされた書類を示しました。


「やります。システム課には後で行く事になっているから、それまでこちらの仕事を教えてもらうということで、須藤部長に伝えます。」


 システム課の作業も1日中というわけではありませんでした。法人営業部の業務と営業支援システム関連の業務を時間配分を決めて取り組む形になっていました。


「須藤部長、桜井さんの言う事ならなんでも聞いてくれそう。」


 前田さんがにやにやしながら言いました。


「今度みんなでお寿司食べに行きたいって言っといてくれますか。」


 真矢ちゃんはそつのない提案をしました。


「承知しました。機をうかがって打診いたします。」


 極秘の任務を与えられたような気持ちで答えました。


 私は席に戻り、午前中は真矢ちゃんと前田さんの業務を教わりつつ手伝うことを須藤に伝えました。彼はふたつ返事で了承してくれました。ある意味仕事がしやすいとも言えました。悪くない環境でした。

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