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「よし。じゃあ後でそっちの学校で阿藤にいじめられた奴を探して、フクシュー心をあおりつつ情報を得ようぜ」
タコさんウィンナーを食べながら、子供らしくない事を計画する理一郎君だった。復讐心を煽る。つまり『君の代わりに阿藤に仕返しをするから情報教えて』って事か。
「先生、阿藤君のご両親の職業なんですか?」
「はっきりとはわかりませんが、うちの学校に影響があるような職種ではないです。ただ、お母様がモンペ……なにかと学校にいらっしゃる方なので、川崎先生が庇うのはその辺りが原因ですね」
「職場が分かれば職場に話持ってった方が早いんだけどなー」
たすく君はフワフワなだし巻きを箸で切って、そんな大人すぎる話をした。
どんな職場だって『息子がいじめをしている』なんて噂は流されたくない、という事だ。
そして阿藤母はきっとかなり口うるさい。だから私が阿藤に髪を切られた事も、私が抵抗して怪我をさせた事も、保護者達には伝えられていない。
川崎先生はそれを伝えたくなかった。伝えればきっと阿藤母は学校まで乗り込むからだ。
話はそれで終わるかと思えば、理一郎君は私を見てもう一つ提案する。
「あっ、それとだけどさ、小夜子のその髪、ちゃんと切ってもらおうぜ」
「え?」
「俺は小夜子の今の頭かっこいいと思うし、あいつらが自分でやった事認めさせるまでゲンジョーイジした方がいいと思うんだけどさー、どうもあいつらブユーデンにしてんだよ」
「武勇伝……」
「『小夜子の髪を切ったのは俺らだ』『逆らう奴は皆ああなる』って言って回ってるらしい」
その場に居たもの達はあまりの馬鹿馬鹿しさに食欲を失ったのか箸をを止めた。
つまり私は見せしめだ。阿藤がもっと多くの人間を恐怖で支配するための見せしめ。
実際、髪の長い女の子達は彼を恐れるだろう。そして男子は阿藤達が大きい私を倒したという事実から恐れるかもしれない。
「だから目立たないようちゃんと髪切った方がいいと思ったんだけど、小夜子は今日美容室に行ける?お金なら立て替えるぜ」
「お金は、ある。……けど私、美容室には一人で行った事なくて。いつもお母さんと一緒に行ってるから」
多分家に帰ればその美容室の電話番号がわかって予約はできる。しかし美容師さんにこの髪の事を知られてしまうし、そうなるとお母さんにまで知られてしまう。
「……できたらお母さんには知られたくないの。でも新しい美容室の事は何もかもわからないし……」
見た目は大人・中身は子供が一人で行って大丈夫なのか、相場はどのくらいか、予約をどう取るものなのか、私にはまったくわからない。だから髪を春休み中放置してしまった。こうしてバレずにいたのは奇跡だ。
「そうだよなぁ。ザクロ、お前なら刃物扱うの得意だし、切ってやれない?」
刃物が得意って何。そう思うけれどザクロ君は首を振る。
「特別可愛くした方がいいからプロに頼むべき」
そしてぽつりと呟かれた言葉に私はあんぐりと口をあけた。
男の子って、こんな簡単に女の子に対して可愛いなんて使うものだっけ。
「そうだな。あいつらのせいで仕方なく髪が短くしたってより、短い髪も似合うから切ったってアピールするのがいいかも」
「どうせなら小夜子ちゃんをキラキラ輝かせて、阿藤君を悔しがらせよう」
とくにおかしい事でもない様子で理一郎君もたすく君も続ける。
そして食事中にも関わらず、理一郎君は勢いよく立ち上がった。
そして叫ぶ。
「ひらめいた!」
その大声に私はびっくりして椅子から転がり落ちそうになる。しかし他の子たちはいつも通りだ。よくあることらしい。理一郎君は私の事をじっと見ていた。
「これから阿藤達に反省をさせる。小夜子、そのためには何でもできるか?」
「え、何でも?」
「とりあえずお前、その身長で後ろ向きになるのやめろ。約束できるなら俺たちは協力する」
理一郎君は至近距離で私を見上げた。
何でもと言われてもわからないけれど、後ろ向きになるなと言うのはわかりやすくて返事を出しやすい。
阿藤達が反省して、謝ってくれたら。きっと私はこの身長への暗い気持ちは失せるだろう。
身長のせいで攻撃されるから身長を好きになれない。
私だって、この身長を好きになりたいのに。
「やるよ。前向きになる。謝ってくれるなら」
そう答えれば理一郎君は満足そうに笑う。
「とりあえずこれから俺の知り合いの美容師を呼ぶ。学校に呼んでいいかな?、先生」
「関係者以外の立ち入りを許可します。守衛さんに話は通しておきますね」
先生からの許可を得ると、理一郎君は輝く笑顔でポケットから携帯電話を出す。
ちなみに大人用の携帯は学校に持ち込み・使用も禁止だけど、彼は遠慮なく使っていた。
多分、知り合いの美容師に電話をかけるのだろう。
「僕らはさっきみたいに情報収集しよう。先生、阿藤君の前の学校のデータもらえますか?」
「あぁはい。一応基本書類をカメラでおさめたものが有ります」
志水先生も携帯を出して、それをたすく君に見せる。さすがに名簿そのままを持ち歩く事はできないから、写真にしておいたのだろう。
たすくはそれを一瞬見ただけで、
「……よし、覚えた。もう大丈夫です」
と言った。そしてすぐさま先生に携帯を返すし、先生も当たり前に受けとる。
「あっ、もしもしねーちゃん?うん、俺。オレオレ~いきなりだけどさ、髪切れる人と一緒に学校来てくんない?」
電話に向けた、理一郎君の軽やかなその言葉は詐欺でもしているかのようだった。
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