VS受験クラス

私の通う玲名小学校は、エスカレーター式私立小学校の中ではまあまあのレベルだ。そんなに頭が良くなくても入れるが、お金が必要。

幼稚園児の頃に面接をして名前を聞いて返事さえできれば合格するような難易度だ。

そして学費が出せるなら来る者拒まずという方針なため、わりと簡単に編入も出来てしまう。

そうして出来たのが問題児が多く、いじめられっこが隔離されるような学校だった。

それでも廊下などに取り付けられた防犯カメラなど、子供の事を考えられた設備は親からの人気はある。


「小夜子ちゃん、阿藤との話を聞いたけど、大丈夫だったの?」


六年生になって三日目。

六年ゼロ組という隔離されたクラスに、私の友達二人がやってきてくれた。


「なんでも阿藤に掴まれたおさげを逃れるために自分から切ったとか」

「その後『恥を知れ!』という一喝で男子達を吹き飛ばしたとか」

「そのあとカリスマ美容師に髪を整えてもらってモデルウォークで男子達を魅了したとか」


友達のアリカちゃんとほしなちゃんの語る噂は、見事に尾ひれがついていた。

どうして私がそんなヒーローみたいな事になっているんだろう。

とはいえ、本当の話は私にとってみじめなものだから、それが伝わるよりはいいけれど。


「あれからね、阿藤はおとなしくなったんだよ」

「新しいクラスで皆びくびくしていたの。髪を切られてしまうなんて嫌だもん」


私と同じクラスの二人は、ほっとしたように今の状況を教えてくれた。私の髪の一件で、状況は少しだけよくなったのかもしれない。ただしそれは今だけだろうけど、悪くない方向に進んだと思う。


「でも、ゼロ組ってそんな悪いクラスじゃないんだねぇ」


アリカちゃんは私の後ろ、ゼロ組教室内の男子達を見て言った。

教室の中では男子三人が和気あいあいと話している。

たしかに彼らは学力や素行の問題児が集められたようには見えない。


「青柳君は明るくて話がおもしろいよね」

「田中君は背が高いし」

「石川君なんて足がはやいもん」


アリカちゃんもほしなちゃんも私より背は低いけれど、私よりずっと中身が大人びていて女子力は高い。

だから男子の事が気になって、的確にこれはという子を見抜く。


小学生女子が見ていいと思う子は『足が速い・背が高い・おもしろい』の条件のどれかが当てはまる子だ。

リーチ君は言いたいことをバンバン言うけど大人の事をよくわかっていて話が面白い。

たすく君は私より身長が低いとはいえ、小六にしては背が高くいつもにこにこしていて優しい。

ザクロ君は小柄でお面をつけていているのに誰よりも足が早く、どんな運動もこなす。

ゼロ組の三人はそれぞれモテる法則に当てはまっていた。


「もうすぐチャイムがなりますよ。お話の続きは休み時間にね」


準備で少し早めに教室にやって来た志水先生が通りすがりに優しく注意をする。

志水先生はすごく美人なんだけど小さな女の子が可愛くて仕方ないらしい。だから好みのアリカちゃんとほしなちゃんに対して、先生は美人で優しい教師という猫を被っていた。

アリカちゃん達は先生に憧れから見とれる。そして小さく『ゼロ組っていいなぁ』と呟いた。

 

彼女達はきいきい怒鳴る川崎先生が担任だし、クラスメイトの男子は女子の髪を切るなどろくでもないのばかり。羨むのは仕方ない話だった。





■■■





六年生の一学期初めての授業は、テストから始まる。


「これから五年生のおさらいテストをします。机の上は筆記具だけにして下さい」


志水先生はチャイムが鳴ってすぐそう言った。

この小学校には定期テストのようなものがある。

始業式後にやるテストは今まで習った事を覚えているか確かめるために。終業式前にやるテストはこれまで習った事ができているか確かめるために。そんなおさらいテストが一年で合計六回行われる。成績にあまり影響しない、中学生のいう実力テストのようなものだ。


先生の授業方針のためのものだから特別に試験期間が設けられる訳ではないけれど、皆試験があるのはわかっているため真面目な子は休み中に勉強をしているらしい。得点以外にもクラス内順位が出たり、クラス平均など出るからだ。


そういえば、ゼロ組でもそれは共通なのだろうかと私は気になったが、テスト問題は既に配られていたため黙っておく事にした。


このテストは国語と算数を重視しているけれど教科はランダム。たまに音楽や体育の問題も混じっていたりする。

それが二十問✕五点で百点満点。

範囲が広いから、結局は運かもしれない。それでもちゃんと勉強している子や外部受験を考えてる子なら九十点は取れる。


うちはエスカレーター式なのでぼんやりしていても中学生にはなれる。けどもっといい中学校に行きたいという受験組がある。

受験組はあんまり気にはしない試験だけど、彼らは手はぬかない。受験や成績に影響しないとはいえ、のんきに過ごしているようなエスカレーター組に負ける事は嫌なのだろう。


そして身長以外は普通な私は、テスト開始すぐ絶望していた。


これは本当に前習った内容なのか。まったく覚えがない問題ばかりだ。

確実に習ったはずの事なのに、私は忘れてしまっている。

そういえば春休みは年度末の仕事で忙しいお母さんが忙しく、家事もいろいろあったし、髪を切られた事がそれなりにショックで学校に関わる事を考えたくなかった。

家事をして現実逃避していた、ともいう。とにかく予習復習をしていなかった。


教室内、隣の席からはカリカリと軽快な鉛筆の音がした。たすく君だ。

音からの予想だけど、最初にある漢字問題をすらすら解いているのだと思う。

前の席、リーチ君もななめ前の席ザクロ君も鉛筆音からなかなかに順調とわかった。

もしや『かけ算もできない』という噂のあるゼロ組で、本当に成績が悪いのは私だけなのかもしれない。

そんな焦りの中、無情にもテストの時間は過ぎ去った。






■■■





試験が終わって私はすっかりうつ向いていた。


「お疲れさまです。先生はすぐ試験の採点があるので、次の時間は自習にします。教科書を読んでこのプリントをやって、あとはお好きにどうぞ」


先生の言葉は近いはずなのに遠くに聞こえた。

志水先生は美人で優秀だから絡まれたりやっかまれる事が多く、なにかと雑用を押し付けられる。

だから普通の先生が授業をしている間、採点もしなくてはならないらしい。




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