11

「……阿藤さぁ、ランチルームのおばさんから聞いたんだけど、お前、カードにチャージしすぎたからってしょっちゅうとりまきにパン奢ってんだって?」


リーチ君も付け足す。そういえば私がランチルームでザクロ君といた時も彼はとりまきと一緒だった。あの時も皆におごろうとしていたのだろう。これからも仲間でいてもらうために。


パンの購買では、一応人に奢る事はできないようになっている。子供の金銭トラブルを防ぐためだ。

ただそのへんは購買のおばさんのさじ加減だ。

昨日のザクロ君と私みたいに急に学校に居残る事になったのにお弁当がない子は友達に払ってもらう事もあるし、お金をチャージしすぎて毎日パンを食べても卒業までに使いきれないからと人の分まで支払うなんて場合もある。


「パンで味方にしてたかどうかは知らねーけど、あんまおすすめはしねーぞ。金で買えるチューセイなんて、金でなくなるんだから」


だから私はリーチ君と阿藤が似てると思ってしまった。

お金で味方を作って堂々としているのにどこか不安そうところを、なんとなく感じとっていたのだと思う。


「そんで小夜子の髪切ろうとは言い出したけど、お前は言い出しただけだ。こうも叱られちゃ、お前が髪を切った実行犯に恨まれるだろうな」


髪を切ったとりまきは頭は悪いかもしれないが行動力はある。

そして不本意ながら謝って、先生に叱られれば思うはずだ。

『阿藤が命じたからこうなった』と。


だから彼はこのままでは終われない。また私に何かしなくては自分がいじめられてしまうだろう。


「うるさい!うるさいうるさい!お前らはいいよな、ゼロ組で味方しあってんだから!でも俺には味方なんてお母さんしかいない!」


阿藤の言葉で私の心まで痛んだ。私だって、本当なら味方はいなかった。

お母さんには話せなかったし、お母さんが味方になったとしても阿藤のお母さんのように何かあるたび文句を言いに学校まで来てくれない。

阿藤には前の学校の事で神経質になってるお母さんがいるから川崎先生も味方をするだけで、もっと大きな問題が起きれば先生もそちらを優先する。


「何言ってんだ。俺達がいるじゃねーか」

「えっ」


声を上げて驚いたのは私だった。リーチ君が、阿藤の味方?


「俺達ゼロ組は間違ってないやつの味方だ。だからお前が『間違ってない』のなら、いつでも呼べ。俺達が一緒に考えてやる」


私はその事を忘れていた事を恥じた。

ゼロ組はゼロ組だからと互いを味方しあうだけではない。『間違ってない』人の味方だ。

だからもしこれから阿藤がいじめられたら助ける。もちろんそれは彼が間違っていない場合だけど。


「ま、一緒に考えたからって解決するとは限らねーけどさ。しょせん小学生のやる事だし」


リーチ君はそんな風に言うけれど、助けられた私にはそれがすごい事とわかる。

皆自分の事だけで精一杯で、他人の事まで考えられないものなのだから。


阿藤はすっかり元のいじめられっこのように何もかもに怯え震えている。

彼はもう何も言わない。ただすがるような視線をリーチ君に向けていた。


私達は彼を置いて渡り廊下から校舎内へ入る。


「さっきはカッコつけてあぁ言ったけどさ」

「うん?」

「小夜子は相手が謝っても反省してても、許さなくていいんだからな」


許さなくていいなんて、そんな事を言う人を私は初めて見た。

大抵の人は謝られたら許すように言うものなのに。


「小夜子の辛さは小夜子にしかわかんねーのに、誰かが『許してやりなさい』って言うのはないだろ」

「……そうだね」

「まぁさすがに楽しくメシ食ってる時にも恨んでたら消化に悪いからやめとけとかは言うけどさ」


私はくすりと笑った。心配してくれたリーチ君の言葉は嬉しいけれど、私はとっくに許している。


「阿藤は同情できるにしても、だからって誰かをいじめていいわけじゃない。……そういう訳だから、無理に阿藤と仲良くはしなくていいからな」

「大丈夫だよ。それより私もゼロ組になりたい」

「え?」

「皆が間違ってないのに困っていたら助けたいの。だから、これからもよろしくね」


握手のため手を伸ばす。リーチ君は照れくさそうにその手を取った。


「あれ、でもお前、問題解決したんだよな?」

「うん」

「問題解決したなら、元のクラスに戻るんじゃないか?」


握手を終えて別に言わなくていいと思ってた話題を出され、私の表情はひきつった。

でもここまで企んでくれたリーチ君に黙っていられない。


「それが……話まとまってから川崎先生が言ったんだけどね、」

「ああ」

「うち、芸能活動は認めてるけど、事務所と契約する前に申請をしなきゃダメだったんだって」

「へっ」

「規則は破ったんだからまだゼロ組にいなさいって。だからこれからも私はゼロ組なの」


悔し紛れに川崎先生から言われた言葉。それにリーチ君はその場にしゃがみこんで落ち込んだ。

彼としては完璧な作戦を考えたつもりだけど、結局私に校則違反をさせた事を気にしているのだろう。

私としては全然気にしてないんだけど……


「ねえ、大丈夫?」

「悪い、てっきり大丈夫かと……」

「いいんだよ。小学生なんだから」


考え方が大人びていても、身長が高くても、私達は小学生だ。失敗はする。

大事なのは二度と間違えないこと。


私はしゃがみこむリーチ君に手を差しのべた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る