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うろたえた川崎先生はすぐに疑う。

いきなりこんな話が出たとしても、そういう詐欺にしか思えないだろう。


「確かに小夜子さんは子供ですが、大人の世界でやっていけるモデルです。高い背にどんな服も着こなす顔立ち。高級ブランドの婦人服だって着こなせますわよ」


けれど私には価値があると、蘭子さんは認めてくれた。

私のコンプレックスだった高い背や大人ぶっている表情は武器になると言ってくれた事は価値観がひっくり返るくらい嬉しかった。

実際に小学生でも身長があれば大人向けのモデルをする事は多いらしいから、お世辞ではないと思う。


「詳しい被害金額は後でお伝えしますし、こちらは弁護士に相談しても構いません。そうなるとお互い身の回りが騒がしくなるかもしれませんが」


しれっと蘭子さんは答えるが、一応そんな事はするつもりはない。さすがに私の仕事がなくなった事でお金を回収しようと言うのは無理があるし、私もお母さんには知られたくない。

しかしおおごとにしたくない川崎先生には、この言葉はよく効いて、こんな問題を起こした阿藤達をにらむようになる。


「……ですが、先生。私は子供のした事で親に金銭で責任をとってもらうなんて事、したくはありませんの」


ここで蘭子さんはころりと態度を変える。私達が求めているのは金銭ではなく謝まることだが、こう言われれば頑固な人間でも謝罪したくなる。

大金を払えと言われた後、謝まれば許すと言われるのだから。


「ですから彼ら五人、小夜子さんに謝罪をして二度とこのような事をしないと約束させるのなら、この件はこれで終わらせましょう」

「……ほ、本当に?」

「えぇ。皆さん六年生なんです。二度と同じ過ちは繰り返しませんわよね?」


にっこり笑顔で蘭子さんが答えると川崎先生は阿藤の背中を押すように叩いた。

謝れという合図だろう。先生にとっては謝らせればいいだけ。しかし阿藤達は素直に謝るかどうか……


「ごめんなさい」


意外にも阿藤は一番に謝った。本当に反省しているか、早く終わらせたいかはわからないが。


「ごめん、なさい」

「ごめんなさーい」

「ごめんなさい」

「ごめん」


残り四人も続く。やはり反省はあるかはわからないけれど、それでも私の気持ちはすっと楽になった。

今なら世界で活躍するようなモデルだろうとなんだってなれそうな気分だった。





■■■





応接室を出て、蘭子さんにお礼を言って見送りゼロ組教室へ帰る途中。

一階の渡り廊下でリーチ君は待っていた。


「リーチ君、蘭子さんなら帰ったよ」

「それは知ってる。それよか結果は?……って見りゃわかるな」


リーチ君は背筋が伸びて気の緩んだ笑顔の私を見て、察した。

勝負に勝てなきゃこんな堂々としてるはずがない。


「全部リーチ君のおかげだよ!」

「おいおい、がんばったのはお前とねーちゃんだよ」

「でも作戦を立ててくれた。お母さんに知られたくないとか私が嫌な事、全部避けてくれた」

「それでもお前、モデルの件はガチで引き受けなきゃいけないんだぞ」

「やるよ。約束したもん。身長で後ろ向きにならないって。モデルの仕事なら前向きになれるよ」


リーチ君は私の素直な言葉に照れているらしい。私と目を合わせず顔を背ける。

そしてそのまま先を歩く。


「たすくとザクロにも知らせてやらねーと」

「あ、うん。そうだね」


私が彼の隣に追いつこうとした時、鋭い声に呼び止められた。


「おいっ!」


私達は同時に振り向く。そこに居たのは阿藤だった。

リーチ君は戻って、私の前に庇うように立つ。


「なんだよ、ケリはついたんだろ」

「そうだけど、俺はお前の事許さないからな!」

「……許さないって、お前謝ったんだろうが」


リーチ君は深くため息をついた。

解決したばかりだ。喧嘩はしたくない。

しかし阿藤は恐ろしい目で私を睨み付けているし、リーチ君に危害を加えてもおかしくない。

だから私は、彼らのために前に出て、自分の気付いた事を話すことにした。


「阿藤君は、前の学校でいじめられてこの学校に来たんでしょ」


私が気付いた事。そしてリーチ君も気付いた事。

それは阿藤が前の学校ではいじめられっこだったということ。


だからリーチ君は何も言わず見守って、阿藤は口をぱくぱくさせた。


「大丈夫だよ、この事はリーチ君も気付いているし、誰にも話すつもりはない。今のままならね」


早く帰って皆に結果を伝えたい。でもこうなってしまえば、私にはやらなくてはならない事がある。


それはこれ以上の阿藤の悪行を止める事。

たとえ彼にいじめられっ子だという辛い過去があっても、場合によっては私がそれを暴露してでも止めなくてはならない。


「阿藤君は前の学校でいじめられてうちの学校に来た。でもその事を隠すためにいじめっこらしく振る舞っているんでしょ」


彼の前に通っていた小学校で、彼にいじめられた人がいないというのは当然だ。彼がいじめられていたのだから。

そして誰も本当の話はしないはず。自分がいじめっこだなんて言いたくはないから。


「いじめられっこにならないようにする方法は、いじめっこになる事だから。だから皆になめられないように、今も周囲を気にしてる」


安全ないじめっこ生活だって、なめられたらおしまいだ。

常に派手に誰かをいじめていなくてはならない。だから彼は背が高くて目立つ私の髪を切った事を言いふらしたし、これから私に謝った事を知られたくはない。

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