とにかく準備はできた。これで明日は存分に戦える。

明日、今度こそ私は阿藤達に謝罪をしてもらう。


単純なもので、髪をちゃんと切ってもらって皆に誉められると背筋が伸びた。私には無理のある制服やランドセルも、そういうおしゃれのように思えてくる。

自信を持つとはこういう事なのか。明日はまた阿藤達と顔を合わせるというのに、まったく恐ろしくなかった。

お風呂上がりに短い髪を丁寧に乾かしているとたすく君が連絡をくれた。

それは『阿藤が前に通っていた小学校では、被害者を見つける事はできなかった』という内容だった。

よほど被害者は阿藤に怯えていて名乗り出る事ができなかったのか。


けれどもう一つの可能性がある事に、私はリーチ君との会話を思い出して気付いたのだった。





■■■





翌日。こちらの計画通り、『突然に蘭子さんが小学校に文句を直接言いに来た』。


文句とは『小松小夜子の髪が切られ謝罪もないのはどういう事か』という内容で、昨日に計画していた事だが蘭子さんの怒りの演技は素晴らしいものだった。

尋常じゃない程怒っているとわかるのに冷静で、川崎先生達を自分の望むように導いてゆく。


そして応接室に私と蘭子さん、川崎先生と阿藤。そしてその取り巻き達で話し合う席を設ける事に成功した。


授業時間なのにクラスを自習にしてまで応じたのは川崎先生にしては珍しいことだ。

保護者でない蘭子さんが怒っているというのが相当効いている。


「それで、どの子がうちの小夜子さんの髪を切ったのです?」

「し、少々お待ち下さい。『うちの』とはどういう事でしょう。青柳さんは青柳理一郎君のお姉様と伺っているのですが」


川崎先生からしてみればリーチ君のお姉さんがどうして私の件で怒っているのか謎だろう。当然の疑問だ。


「小夜子さんはうちの事務所と契約したモデルです。本日私は彼女の仕事上のパートナーとして抗議しています」


蘭子さんははっきりと言った。実際蘭子さんは青柳家がやってる芸能事務所のうち、モデル部門に関わっているらしい。

女子大生でも社長の娘だからとスカウトから結構重要な契約まで、かなりの仕事をこなしているようだ。


それを聞いて川崎先生達は驚いてはみたが、信じてはいないようだ。何を言っているんだという目で私を見る。

普通そうだろう。だって私は今までモデルの仕事なんてした事がないのだから。


「つい最近契約したばかりなんです。仕事が決まるまで学校にも報告しないつもりでしたので」


つい最近とは昨日の事である。


「この件については小夜子さんのお母様からも任せられています。それで、もう一度聞きます。小夜子さんの髪を切ったのは誰ですか?」


蘭子さんが厳しい目で問えば、阿藤は一瞬体を強ばらせた。

しかし彼は実行犯ではないためか、先に手を上げたのは隣の男子だった。


「俺が切りましたー。三つ編みごと、じゃきーんと!」


実際にハサミを握っていた男子が、指をハサミのようににして名乗り上げた。

蘭子さんのきれいに整えた眉は怒りでぴくりと動くが、すぐ冷静さを取り戻す。

この男子の余裕はどんな事を言っても川崎先生がかばってくれると思っているからだろう。


「でもー、何が悪いんですかぁ?髪なんて切っても痛くないじゃん。むしろそのデカ女に突き飛ばされた俺らがケガしてるしー」

「小夜子さんの謝罪は済んでいるし、彼女は現在クラスから隔離されるという罰を受けています。なによりそちらの謝罪がないし、髪を切られる事でこちらには大きな損失がありました」

「『こちら』の『損害』?」


男子達も川崎先生も聞き直す。

すると蘭子さんはにっこり答えた。


「長い髪を切られた事により、小夜子さんは仕事を、うちの事務所は利益を失いました。貴方がたにはそれを補償するか、謝罪をしてもらいます」


詐欺と取られても仕方ないような展開が始まり、私は余計な事を言わないよう口を隙間なく閉じた。


「まず、髪が長かった小夜子さんに決まる予定だったシャンプーの仕事。これにより五百万程の報酬があるはずでした」

「ご、ごひゃく……?」

「えぇ、五百万。小夜子さんが髪を切られてしまったために、その仕事の話はなくなりました。たかが髪なんて言えない話ですわ」


一応これは嘘はついていない。

実際にシャンプーのモデルの仕事はある。

しかしそれは『しなやかに美しい髪の持ち主発掘オーディション』だ。決まれば五百万の賞金とCMの仕事と芸能界入りが約束されている。

『決まる予定だった』というのも、蘭子さんの中での話だ。

実際私がこのオーディションに出たとしても、年齢で落とされただろう。美髪を宣伝したいのに子供の髪じゃ説得力がない。

でもそれ以前に長い髪がないとこのオーディションにエントリーすらできない。


「その他にも成人式振り袖のモデル、ヘアアレンジモデルなど、髪が長くなければいけない仕事はいっぱいあるんです。貴方達はそれを失わせた責任があります」


この仕事は是非髪が長い子に、という指定もあるほど髪は大事なものだ。髪を切れば仕事がなくなるのだから、モデル本人だって勝手に髪を切れない。他人が勝手に髪を切るだなんてもってのほかだ。

まぁ私は昨日モデルになったばかりだけど。


「そ、そんな、こんな子供がそれだけ稼げるはずがないでしょう、でっち上げよ!」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る