でも誰だっていじめられたくはない。傷すらつきなくないのだから解決より予防を望むだろう。

お金を払わないからいじめられた、なんて事も避けたい。親だってお金で助かるのならお金を出す。

これは親や子供がお金をばらまいて平和を買うようなものだ。


「最終的にはいくらになったか。一人を味方にするのに一万を払うとしてクラスは三十人、✕ばらまいた人数だし、後半加熱してたからなー。さすがに最後は先生達も間に入って結構な騒ぎになったけど、他のクラスの奴は覚えてない?」

「何かあったとは聞いてたけど……」

「ま、皆にとっての黒歴史だからな。よそのクラスは知らねーか。でもそんだけの騒ぎを起こした元凶として、俺はゼロ組になった」

「……元凶なんかじゃないでしょ」


私は否定しようとした。元凶は最初にいじめをした人物だ。

しかしリーチ君は穏やかに笑って言葉を遮る。


「たすくはさ、頭が異常に良くて、そのせいで厄介者扱いされてた。ザクロはいじめられてないだろうけどなんでかお面をつけたせいでゼロ組行き。多分、あいつらも間違ってはいないと思う」


その言い方はリーチ君だけが間違っているかのようだ。

きっと彼は自分のした事でいじめっこがいじめられた事・騒ぎを起こした事を気に病んでいる。

だから私の味方をしてくれるのだろう。


怯えながら、戦ってくれているのだ。


「……なんだかリーチ君って阿藤に似てる」


あり得ない事を言ってしまって、一番驚いたのは私だった。

子猫のようなリーチ君に子豚のような阿藤が似てるはずがない。

中身だってゲスの阿藤に似てるだなんて、それは侮辱に等しい。


「ごめん、今のなしっ、違うの、そういう訳じゃなくて、」

「……阿藤が小夜子の髪を切った時、あいつはどこに居た?」

「えっ、それは……よくわからないけど、私を押さえつけてはなかったと思う。私の力じゃ小太りな阿藤までふっ飛ばせないだろうし」


気分を害したにしては妙な質問だ。阿藤の位置が何だと言うのだろう。

しかしリーチ君に怒った様子はなく、なにやら考えこんでいる。


「もしかしたら、阿藤は……」


呟かれた言葉はどういう意味なのか。聞く前にお客様は来て、私は完全に聞く機会を逃した。





■■■





「いいこと?、可憐にエレガントに、本人の持ち味を生かす方向でカットしてちょうだい」


サロン六年ゼロ組。

机を片付けた教室に椅子だけを置き、ケープを巻いた私がそこに座る。


指示を出すのは猫っ毛猫目の華やかなお姉さん、蘭子さん。見てわかるようにリーチ君のお姉さんだ。

そしてカットをするのはスタイリストのお姉さん。名前は教えてくれたけれど、正直彼女が今までカットしてきた芸能人の名を先に聞いてしまい、そっちのインパクトが強く残ってしまった。つまり芸能人もカットするようなすごい美容師……

どうして教室にそんな人が来て、私の髪を切ろうというのだろう。


そしてハサミを入れてから、改めて確認するように蘭子さんは尋ねる。


「小夜子ちゃん、」

「は、はい」

「お母様は厳しい方かしら?」

「……いえ、厳しくはないです。家では家事してる私の方が強いので」


離婚して仕事で忙しくなったお母さんは今まで出来ていた家事ができなくなった。正しくは後回しにするようになったのだろう。

代わりに家事をするようになった私をありがたく思ってくれていて、だから私の決めた事はめったに逆らわない。

もっともそう無茶な事をお願いしたりしないけど。


「そう。身長は165センチだそうね。それで、スリーサイズは?」


蘭子さんの質問にぶっと吹き出したのは教室の隅で所在なさげにしている男子三人、そのうちのリーチ君だった。


「ねーちゃん小夜子に何聞いてんだよ!」

「基本でしょう?嫌ね、純情ぶったりして。リーチなんて裸同然の女の人に囲まれても平然としているくせに」

「うちの事務所のモデルとクラスメイトの女子はまったく違う!」


リーチ君は顔を真っ赤にして否定した。


多分、リーチ君の家は芸能事務所かなにかなのだろう。モデルは素早く着替えなくてはいけないから、舞台裏では下着だけでうろつくと聞いた事がある。


あれ、じゃあもしかして、蘭子さんは私を……


「何も不安に思う必要はなくてよ、小夜子ちゃん。私が貴方をスーパーモデルにしてあげるから」

「ねーちゃん、そこまでいかなくていいから、小夜子が自信持てるようにしてやってくれよ……」


蘭子さんの言葉にリーチ君は疲れた様子で答えた。

どうやら私はこれからモデルになるらしい。





■■■





それから私の髪はややあるくせを活かしたショートカットにされて、蘭子さんには立った姿と顔を写真に撮られた。事務所としては見た目の採用基準は達成しているらしい。

その後は美しい姿勢を保つウォーキングレッスン、モデル心得などを教えてもらった。


その頃には夕方だったのでリーチ君ちの車に送ってもらい帰宅。蘭子さんにはそのままうちに居座ってうちのお母さんを待ちつつまたモデル講義。

そして蘭子さんはお母さんに私が髪を切ったことと、私をモデルとしてスカウトした事を告げた。

無事お母さんを説得し、事務所と契約。


髪を切られた理由などは語られず、私はほっとした。

お母さんもよその大人に認められるなんてすごいと言ってくれたし、蘭子さんのはっきりした性格を気に入って、全て任せるとまで言ってくれた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る