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とにかくそんな彼でも間違える事はある。ただの覚え間違いだけど。


「たすくは一度覚えれば忘れねぇけど、勝手に情報更新される訳じゃねぇからな。イイクニも間違いじゃねーけど、そういうところを当たった方がいいかも」


リーチ君はそう指摘する。学習内容とは年々変わっていくものだから、完璧に覚えるたすく君でも間違える部分があるかもしれない。


「俺とザクロで国語やってるから、たすくは小夜子と復習しつつ社会科洗い直しといて」

「国語、辞書ない」

「まじか。図書室に借りに行こうぜ」


決めるとすぐさま図書室に向かうのだから、リーチ君とザクロ君はフットワーク軽い。そんな訳で教室に残されたのは私達だけだった。


「小夜子ちゃん、ごめんね」

「え?」


二人きりになった途端に謝られる。私は彼に何かされただろうか。


「こんなテスト対決なんて、小夜子ちゃんには迷惑だよね。仕事だってあるのに」

「何言ってるの。それに勝負受けたのはリーチ君だし」

「でも、勝負を挑まれたのは僕のせいかも」


どこまで彼はネガティブなのか。

でもたすく君がそう言い出すには理由がある。きっと鈴木君がらみだ。


「鈴木君と何があったの?」


今なら答えてくれる気がして、私は尋ねた。

たすく君も今は負い目があって、鉛筆を置き答えてくれた。


「前に自己紹介した時、僕が『いじめを告発した』って言った事覚えてる?」

「あ、うん。覚えてる」

「鈴木君はそのいじめの被害者なんだ」


へぇと納得しかけてそれがおかしい事に気付く。

鈴木君がいじめの被害者。だったらどうして告発したたすく君を憎むのだろう。

鈴木君が加害者ならまだしもだけど、それだって逆恨みなのに。


「ええと、最初から話すと、五年になりたての頃に鈴木君がいじめられてたんだ」


その話自体はとくにおかしくはない。いじめのやたら多いこの学校では、小柄な鈴木君は暴力の多い男子のいじめではターゲットになりやすかったはずだ。


「僕はそれを見て、なんとか止めたかった。鈴木君は仲良しの友達だったから」

「え……」

「仲良しだったのに鈴木君を助けられなかった。だから鈴木君は僕を恨んでいるんだよ」

「でも、告発はしたんでしょ?」

「……うん。一応ね。鈴木君をいじめた人間、いじめのあった時間と場所と、それを録画している校内の防犯カメラの場所を全部リストアップして、校長や教育委員会の人に渡したんだ」


告発とは告げ口のようなものかと思っていたが、実際はそれ以上のものだった。信じられない。

けれど全てを覚えられるたすく君だからできる事だろう。

ただの一生徒の証言にしても、防犯カメラの情報に繋げればいじめの証拠になる。

これさえあれば鈴木君はいじめっ子達を訴えて勝てるだろう。


「でも、今こうしてここに僕がいるように、問題児にされたのは僕だった」

「そんな、どうして……」

「リーチ君が言うには防犯カメラは外部からの侵入者用のものなんだって。でもちゃんと管理してないから録画に残っていないみたい」

「え……?」

「この学校、保護者には防犯カメラのある安全な学校だってアピールしてるんだ。でもこの件で本当は録画がありませんなんて知られたら、関係ない保護者達が怒るよね?」

「……うん。安心だからこの学校に通わせている親にしてみれば詐欺だよね」

「だからこの件は大騒ぎにする訳にはいかない。鈴木君の親がカメラの情報を求めないよう、先生はいじめっ子達とその親を集めて謝らせたんだ。謝れば、もう訴えられないから」


頭をかかえたくなる話だった。

結局この学校は自分達の不利益にならないと動かないし、その不利益だって自業自得だ。


「でも鈴木君のいじめはそれで終わったし、もういじめられる事もなくなったんだ。……ただ僕はゼロ組行きになったけど」

「そっか……」


もはやこんな学校では告発したたすく君がゼロ組に行く事はおかしくない。問題を起こした人間より、問題について大声で話す人間に罰を与える学校なのだから。


そしてたすく君がした事によりいじめが解決したのなら、やっぱり鈴木君が恨むとは思えない。


「鈴木君、泣いてたんだ。お父さんお母さんに知られた事が一番つらいって」

「あ……」


その気持ちは私にはよくわかる。私だって髪を切られた事はお母さんに言えなかったし、言わずに済んでほっとしてる。

鈴木君からしてみればたすく君は余計な事をしたのだろうか。

どんな助け方であっても助けてくれた人を恨む事はない。というか元凶を恨むのが普通だと思うけれど……


「本当に友達なら、鈴木君が囲まれて殴られている時にすぐにでも助けに入るべきなんだ。いじめられてた証拠を集めてる場合じゃないよ」

「……そうかな?。一緒に殴られる事だけが友情じゃないと思う」


私も自分に置き換えて考えてみる。

私の髪を切られた時、アリカちゃんやほしなちゃんが助けに来てくれたら。巻き込まれないよう逃げて欲しいと思うはずだ。申し訳なさだって増す。


ならば相手の状況を変えたいと静かに行動するのも友情だ。

それに、本当に鈴木君は怒っているのか。普通恨んでいたら勝負を挑んだりしないと思う。

見ていて鳥肌が立つほどに大嫌いな相手は視界に入れたくないし、考えたくもない。私ならそう思う。



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