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だいたい私達が負けたら受験クラスに出席する事になる。鈴木君は嫌ってるというたすく君の顔を見る回数が増える。そんな条件、本当に嫌いな人が認めるとは思えない。


「でも、僕も負けないから」


暗く力のなかったたすく君が、前を向いて大きな声をあげた。


「前は負けてもいいと思ってた。負けて許されるならそれでいいって。でも許されるかはわからないし、うちには小夜子ちゃんがいる」

「わ、私?」

「小夜子ちゃん、放課後はお仕事があるでしょ。僕はその邪魔をしたくない。だから負けられないんだ」


普段優しげなたすく君の瞳には力がこもっていた。

以前は負けようとしていたなんて、それは鈴木君と向き合う事が怖かったのかもしれない。そして負ければもう鈴木君は満足すると思っているのだろう。


でも今は私の仕事のため、勝とうとしてくれている。

足を一番引っ張りそうなのは私なのに。


「うん。絶対勝とう。それでケーキ!」

「ケーキ?」

「……あ、いや、なんでもない。また特別課題で分数ケーキみたいなのをを作りたいなってだけ」


つい盛り上がって出た失言をなんとか誤魔化す。リーチ君が皆でケーキを作る事で仲直りを考えている事は、まだたすく君には内緒だ。






■■■






試験当日の放課後。各自教室を入れ替え、担任も変えて試験が行われた。

つまり私達は受験クラスの教室に行き、海野先生の監督のもと試験を受ける。


「敵とはいえ、俺はお前達の健闘を祈る!では……始めっ!」


腕時計で時間を確認しながら海野先生は熱く試験開始を告げた。

それと同時に私達は試験用紙をめくる。

ぱっと目についたのは図を使用した問題が多いという点だった。国語や算数の問題は少ない。


さらに気付いたのは家庭科の問題が異常に多いということだった。

半分は志水先生作成の問題だとしてもまだ多い。という事は、海野先生も家庭科を出したのかもしれない。


海野先生は受験クラスで学習するような内容は試験に出さないと言っていた。だからこそ実技科目を優先したのだろう。体育や図画工作もある。


もしくは先生の留守がちなゼロ組に実技科目は不利、なんて考えてこの試験かもしれない。

でも先生は私達が調理室にいる所を見た。できないとは思っていないはずだ。


とにかく、この試験で一番有利なのは私になった。料理に裁縫に掃除に洗濯はどれも私の日常だ。

対決の足をひっぱらないようにするだけじゃ終われない。八人の中で一番になるくらいじゃないと。





■■■





「では結果発表を行う!」


海野先生の力強い仕切りにより結果発表が始まった。

試験が終われば即採点。そして受験クラスに集まって私達は結果発表を待った。

顔を合わせた瞬間に鈴木君はたすく君を睨みつける。

たすく君はいつもより弱気ではなく、その視線に居心地悪そうにしていただけだった。


「まずは一位の発表だ。一位は田中たすく、九十五点!」


誰も予想していなかった結果に、受験クラスはわずかにどよめいた。

多分たすく君の記憶力の良さは受験クラスも知っている。そしてその弱点も。

しかし家庭科という教科で発揮されるとは思わなかったようだ。


私だって、たすく君がここまでやるとは思わなかった。調理実習など私達がした内容はできるだろうけど、範囲の読めない海野先生出題の問題まで出来るとは。


「二位、小松小夜子!八十五点!」


次に私の名前が呼ばれ、意外な順位に私は驚いた。有利な出題から自信はあったけどまさか二位だなんて。

しかしこれで私達ゼロ組の勝利は確実となった。一位・二位が取れたのだから。


「三位、鈴木修!八十点!」


鈴木君とは五点差。一問分の違いに私はひやりとした。

受験とは関係のない家庭科までできるなんて。負けてはいるが、鈴木君は凄い人だ。


その後、四位ザクロ君、五位眼鏡女子A、六位眼鏡女子B、七位リーチ君、八位眼鏡男子。順位でも勝ち、合計得点も勝った。

うちはリーチ君の成績は極端に悪かったけれど、それは普段彼がお手伝いをしてないせいだ。そうでない私達三人はそれなりに高い。


「今回、俺の出題科目は家庭科を多めにしてある!ゼロ組と受験クラス共通の科目であるためだ!」


最後に総評。やはり海野先生も何か考えがあっての事だった。


「受験クラスには家庭科は不要とされるかもしれない!だから受験クラスのお前達もあまり勉強しなかったのだろう!だが、お前達は家庭科に救われている!」


負けたためうつむいていた受験クラスは、海野先生の大声にびくりとして前を向いた。


「お前達が勉強できるのは家族の支えがあってこそだ!家庭科を勉強しなければ悪いものを食べて受験当日に腹を壊すかもしれない!体調管理もできず風邪をひくかもしれない!そうならないよう家族が助けてくれるはずだ!」


受験はその時だけ。体調管理は大事だとしても、私達がすべてやるのは難しい。となれば引き受けてくれている家族に感謝をしなくてはならない。

そういう事を海野先生は教えたかったのだろう。


「もちろん受験勉強は大事だ!家庭科の勉強をしろという意味だけではない!お前達は、支えてくれる家族の大事さを学んで欲しい!」



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