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ともかく一つの不安は消えた。あとは五・六年混合リレーだけど、私のチームには健君の名前があった。
健君とは橘健士郎くんのこと。五年生で、少し前まで五年ゼロ組だった男の子だ。すごく足が速い子なので一緒のチームというのは心強い。
「あっ、俺のチーム、来人と一緒だ」
リーチ君はプリントを見て少しだけ嬉しそうに声を上げた。
来人君というのは赤羽来人君のこと。彼は一年生からゼロ君にいるときう五年生。メガネが特徴でおとなしそうだけどなにかと過激な子。私達に異常になついている後輩。
ちなみに私とリーチ君は赤組なので、リレーで同じの健君・来人君も赤組ということになる。
とにかく私は走る練習だけを考えよう。モデルの仕事だって体力は必要なんだから。
■■■
「赤組リレーチームは集まれー!」
グラウンドに響き渡る声を出したのは海野先生だった。今日も声が大きいし、燃えるように真っ赤なジャージがこれ以上ない程に似合っている。
今日は五・六年生合同のリレー練習。各チームで別れて先生からバトンパスなどの指導を受ける。
私はCチーム。合計四人で同じチームには健君がいる。ツンツン頭の健君と目が合えば、彼はぺこりと頭を下げた。
夏休みのこと。私達は健君とともに宿題をして、疑われていたところを助けた。だからあらっぽいふるまいの健君であっても私達には感謝してくれているのだと思う。
「リレーのこつはいかに加速しながらスムーズにバトンを渡すかだ!まずは皆でどうすればいいか考えながらやってみよう!」
先生が言うので皆はやってみる。私は第二走者だった。スタート地点から五十メートル程の場所で待機して、第一走者を待って、バトンを受け取って、走って、バトンを渡す。それらの行動はスムーズとは言い難かった。
「あのデカイ女子遅すぎ!」
第四走者の健君がゴールしてから。そんな事を言う五年生の坊主頭の男子がいた。私達より先に走っていたチームの子だ。デカイと言えば私だし、にやにやこちらを見て笑ってるから、私の事を言っているのは間違いない。まぁ、いろいろ言われるのには慣れてるから無視をする。
「あれだけ身長で有利なのにあんな遅いんだぜ。同じチームのやつらがフビンだよなぁ」
坊主頭はさらに続ける。同じチームなら文句言われてもわかるけど、わざわざよその味方チームがケチつけなくてもいいのに。
私は無視しつつそんな事を考えていたわけだけど、同じチームの健君はそれに黙っていなかった。
「おい。お前、人のこと言えるほど速いのかよ」
健君と初めてあった時のツンケンした様子。それが坊主男子に向けられていた。坊主頭はそれにひるまない。
「なんだよ橘。速けりゃ足が遅いやつバカにしていいってこと? じゃあバカでゼロ組にいたお前は、オレにバカにされていいってことかよ」
「確かにオレはお前よりバカだけど、お前も人のこと悪く言えるほど賢くもない。そういうのやめとけ」
健君はとても冷静に返す。彼ならすぐ殴りかかりそうなものなのに注意するだけで済んでいた。
二人のピリっとした空気はやがて両チームに広がり、さすがに海野先生の目に止まった。
「そこっ、何してる!」
その声に坊主頭は去っていく。人のことをあれこれ言う勇気はあっても先生には叱られたくないのだろう。
そして他の走者の見学に戻ろうとする私と健君は目があった。
「さっきの、気にしないほうがいい。あいつ、楠木っていつもああなんだ。すぐ人のことを悪く言う」
「大丈夫。でも言い返してくれてありがとう。一緒のクラスの子なの?」
「去年まではそうだった。今は違う」
口の悪い坊主頭は楠木というらしい。私としては身長をからかう男子なんてよくいるので気にしてはいない。けど健君が助けてくれたのは嬉しかった。
「走るの……もっと腕を振るといいとおもう」
「えっ?」
「オレ、先輩らみたくうまく説明できないけど、多分小夜子、先輩のは、腕の振りが弱いっつーか」
つっかえながら伝える健君をしばらく眺めて、そしてやっと彼が助言してくれていることに気付いた。私達が勉強を教えたように、彼も走り方を教えてくれているのだ。
「ありがとう、健君」
「別に、一緒のチームだし。楠木にも言われっぱなしにはいかないから」
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