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しかも私達がケガした場合の責任は志水先生のものとなる。
これでは生徒だけで調理なんてできない。
「じゃあさっそく作ろうぜ!」
話を理解していないらしいリーチ君が明るい声を上げた。
「先生が戻るまで何もできないよ。だから待たないと」
「待ってたら昼飯に間に合わねーよ。俺ら今日弁当持ってねーし」
リーチ君の言葉に深刻そうにザクロ君は頷く。確かに昼御飯抜きは小学生には辛い。よく食べるザクロ君なら尚更だ。
「要はケガしなきゃいい。つーか火と包丁さえ使わなきゃいいんだよ。炊飯器とかさ」
「あ……」
「こういう時のために小夜子先生がいるんじゃねーか」
にやりとリーチ君は笑う。
確かに炊飯器にご飯をセットするくらいならケガする事はない。あとは野菜の皮むきならピーラーを使えたり、できる事はある。
そういう風に安全を確保しつつ、授業を進めるのが私の役目だ。
「じゃあまずお米炊こう。この中でお米炊いた事ない人は?」
先生の代わりができるよう、まずは経験を聞いてみる。リーチ君とたすく君が手を上げた。
「じゃあ二人でやってみようか。まずはお米をはかって洗って水を入れるの。炊飯器を見ればお米と水の目盛りがあるので、それに合わせてね」
とりあえずやった事のない人を中心にやらせてみる。この辺りは目盛りにあわせるだけなのだから、料理経験がなくともなんとかなるはずだ。
「なあたすく、米洗うのって台所洗剤でいいの?」
「台所洗剤って、それはさすがにダメだよ。こっちのハンドソープの方が低刺激でいいんじゃない?」
洗剤とハンドソープを手にするリーチ君とたすく君を見て、私は青ざめザクロ君は震え出す。
まったくできない人には細かく説明しなきゃできないものだった。
「洗うのは水で、水だけでいいの。それでほどほどに洗ったら目盛り見つつセットしてスイッチ」
つい炊飯がまを手に取って、全部を私がやろうとしてしまう。
これでは指導にならない。しかしこの二人、放っておくと大変な事になってしまう。
「……小夜子、なるべく言葉にしながらもう一度やってみてくれ」
何かを深く考えながら、リーチ君は言い出す。言われなくても彼らの場合、細かく言うつもりだったけれど……
と、不思議に思ってから気付いた。これはたすく君のための指導だ。
極端に記憶力のいいたすく君なら、私の調理している様子全てを覚えられる。
「まずお米をはかる。今日はこれを二杯」
一合分の容器をたすく君に見せて、手順を言葉にしてできる限り伝える。
そう教えていけばお米はあとはつけておいてボタンを押すだけ。
次は野菜。皮むきも教える。ピーラーは簡単とはいえ手の位置を間違えたりすべったりすると大変だから念入りに。
そうしてきちんと教えていったら、たすく君は教えられたままに作業した。皮は慎重にむいていっているし、私が同じ指摘をする事もない。
ただし本来の器用さが影響するのか作業はぎこちなく遅い。
それでもこれはすごい事なんじゃないかと私は気付く。
普通、どれだけ真剣でも初めてならどこかでやり方を間違ったり忘れたりするものなのに。
そう思ってリーチ君に視線を合わせれば彼は頷いた。
「あいつ、すげーだろ。手順さえ教えればできるんだから」
「うんっ」
「ま、それでも不器用だからな。体育もフォームはきれいになるけど反射神経や筋力が足りないから、ザクロには勝てないんだよなー」
自分の事のように誇らしげなリーチ君はそれがわかっていたのだろう。だから私に丁寧な説明を求めた。
ちなみにリーチ君はかなり料理が下手。お姉さんが三人もいる長男だから、きっと大事に育てられたため台所に立った事がないのだろう。知識がないし手元もぎこちない。
ザクロ君は元が器用だし家でお手伝いしているようだから上手。レシピさえあれば一人でもそれなりの物が作れるはずだ。
「これだけ料理できるやつがいるなら、一番下手な俺は味見係でいいよな?」
「だめ」
私はリーチ君にお玉を握らせた。
■■■
それから志水先生は帰ってこなかったけれど、代わりに三年ゼロ組の先生が来て、私達は調理を続ける事ができた。
三年ゼロ組の先生は雪村先生という。今年からこの学校に来た、若い男の先生だ。
前の分数ケーキのように、ゼロ組同士交流があり、こういう時に助けあうらしい。
そして完成したカレーはとてもおいしいものだった。
たすく君やザクロ君は野菜を丁寧に切ってくれたし、リーチ君は焦げないよう鍋をかき混ぜてくれた。そのおかげだろう。
エプロンと三角巾のまま、ザクロ君はお面を外して、私達ははじめて皆と作ったカレーに感動していた。
「おいしいねー」
「市販のルウでとくに煮込まなくてもこんなにおいしいものなのなんだな」
「今度じっちゃんばぁちゃんにも作ってあげたい」
この反応から色々あった調理実習も大成功したと私は実感した。先生の代理として私は誇らしい気分になる。
「ここに居たか!ゼロ組め!」
突然、調理室にそんな大声が響く。雪村先生にしては力強すぎる男性の声だった。
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