ザクロ君から話を聞き出すならリーチ君がやる方がふさわしいと思う。

二人は仲がいいしゼロ組クラスメイト歴だって長い。リーチ君なら頭の回転の速さから誘導して聞きたい話が聞けるはずだ。

そのリーチ君は予定通り下校し社長とご飯に行こうとしているが。


私はそのままサッカー部を見学することにして、クラブが終わったザクロ君に一緒に帰ろうと伝えたのだった。

これは先生から私だけに託された特別課題と思う事にした。





■■■





「グラウンドで待たなくてもよかったのに」


ユニフォームにキツネ面のまま帰宅しようとするザクロ君は、クラブ終了まで待っていた私に冷たく言った。


「迷惑、だった?」

「……違う。太田がいるから、小夜子には近づけたくないだけ」


冷たいと思ったのは勘違いらしい。ザクロ君は私を気遣ってくれただけだった。自分よりも弱い子を守ろうとするところがあるというか。そういう所がいい人だと思う。体格だけは大人な私までも守ろうとするんだから。


「ありがとう。ちゃんとザクロ君の事お祝いしたかったから。お祝いして、いいんだよね?」


ザクロ君は少しだけ迷ってから頷いた。


「僕、父さんみたいになりたいから。認められるのは単純に嬉しい」


ザクロ君は小さく笑う。

皆だって祝いたいはずだが賞いらない発言のせいでうやむやになってしまった。

けどザクロ君は表彰式が嫌なだけで、受賞は普通にいい事のようだ。


「多分、リーチ君も大喜びしてると思う。リーチ君は仲間と認めた人の悪口は許せないタイプだから。その逆で、仲間が褒められるのって嬉しいはずだから」

「……」

「だから表彰式、本当に出るつもりないのかな?。もちろんザクロ君が決める事だし、私達は出席したら自慢になって嬉しいなってだけなんだけど」


言葉を選びながら、変わらず無口なザクロ君に語りかける。

私達が表彰式に出席してほしいのは自分勝手な気持ちだ。『ザクロ君が皆に認められると嬉しいから』という気持ち。

その勝手さは教頭達の考え方とあまり変わらない。

でも下手にきれいごとを並べるつもりはなかった。ザクロ君はお面をつけているから、なんだか見透かされているような雰囲気がある。だから嘘はつきたくない。


「僕も、認められると嬉しい」

「うん」

「僕が選ばれた事で選ばれなかった人がいるんだから、賞を辞退するのもいけないと思う」


私は言葉にも動作にもせず心の中で何度も頷いた。

私はモデルの仕事で選ばれなかった人間だ。選ばれなかった人間からしてみれば、選ばれた人間の辞退は腹立たしいものだ。

『なんでそんなもったいない事するの?』『私がすごく欲しかったものはそんなに価値のないものなの?』なんて言いたくなってしまう。もちろん実際は言わないし、図画工作とモデルは違うけれど。

でも本当に図画工作の事が大好きな人なら許せない。文句を言わなきゃ気がすまないはずだ。


今気付いたけれど、そういうところから志水先生は私にザクロ君を任せたのだろう。

私とザクロ君はやってる事は違うけど、実力で選ばれる事をしている。リーチ君じゃ気付けないような、色んな気持ちがわかるからと任せられたのだ。


「でも僕は表彰式に出たくない。お面を外して、人前に出たくないんだ」

「……それはどうして?」


ついにその質問を私はしてしまう。きっと答えてくれないだろう。

でもこの質問の次に『どうして答えられないか』と尋ねてそれを教えてもらえれば十分だ。もし私には言えない話ならリーチ君かたすく君に任せるし、今言えない話なら待つつもりはある。もちろん志水先生にも黙っておく。


だけどザクロ君は意外にも『どうしてお面を外せないか』という質問に答えてくれた。


「殺人犯に顔を見られたんだ。だから僕はお面をして隠れなくちゃいけない」


待ち望んでいた答えは筋は通っているけれど、現実離れした答えだった。





■■■





指先から玉のように血が出てからも、私はぼんやりとしていた。

しかしたすく君の鋭い声に現実に引き戻される。


「小夜子ちゃん!指!」

「あ、あぁ、針で刺しちゃった」


私は制服のポケットからティッシュを出して、それで血を絞り出すようにして拭う。

痛いのは痛い。けれど殺人というもっと鋭い言葉をザクロ君から聞いては針の痛みが鈍くなるほどにぼんやりとしていた。


「疲れちゃった?ぞうきんを五枚も作ったもんね」


私達の手元にはお裁縫箱と元タオルのぞうきんがある。

私は五枚。ザクロ君は三枚。たすく君とリーチ君が一枚ずつで、合計十枚のぞうきんを作る事になった。

これも特別課題のうちだった。


「リーチ君らしいよね。ぞうきん持って来るの忘れた人のためにぞうきんを作ろうなんて」


今回の特別課題。

それは二年のあるクラスでぞうきんを集める際、先生が『忘れた奴はゼロ組行きにするからなー』なんておどしたのを、リーチ君が聞きつけた事がきっかけだ。


二年から見た二年ゼロ組といえば授業中歩き回るだとか勉強がまったくできないとかいうわかりやすい問題児クラスで、所属する事はとても不名誉なのだろう。

それを先生が忘れ物へのおどしに使う事がリーチ君には許せなかったらしい。


確かに忘れ物はしてはいけないけど、そこまでおどしをかけるようなことではない。



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