単純に忘れる場合もあれば、保護者の都合で用意できない場合だってあるはずだ。

うっかりなんて長い人生誰にでもある。問題はどうフォローするかだ。


だから六年ゼロ組の私達は忘れた子のためにぞうきんを用意する事にした。

そしてぞうきん回収日に教室にぞうきんを置いて、『誰かのミスは皆で助けあうものだ!』とでも黒板に書いておくらしい。


「リーチ君ってハデ好きだけど、これをゼロ組がやったって言うつもりはないのかな?」

「匿名だから意味があるんだよ。『誰かが助けてくれるとわかってたら怠けるかもしれない』ってリーチ君も言ってた」


優れすぎている記憶力を持つたすく君はリーチ君の言葉を語る。きっと一言一句そのままだろう。

誰がやったかわからないからこそ、教師のおどしに文句をつけるような事できるのだろう。

これで教師は反省するかもしれないし生徒は忘れものを必要以上におびえずに済む。


「でもやっぱり私としてはゼロ組を認めてほしいような気もする」

「僕もそう思うけど、相手は二年生だからね。下手にゼロ組に憧れちゃいけないんじゃないかな。ゼロ組に入りたくてわざと悪い成績を取る子がいるかも……ってこれもリーチ君が言ってた」

「…………それもそっか」


私はゼロ組に毎日楽しく通っているけれど、本来ゼロ組は普通クラスに悪影響を与えるような問題児のクラスだ。

何もないなら普通クラスでいる方がいい。


「まぁ、今度のザクロ君の受賞は仲間として嬉しいよね。ザクロ君、表彰式にはお面を新調するのかな。今のキツネ面も三代目で、だいぶくたびれてきたもんね」


たすく君はうきうきと未来の話をする。

昨日いなかったたすく君はザクロ君受賞の話は知っているけれど、式を欠席する話までは聞いていないのだろう。そして想像もついていない。

一方私もザクロ君から聞き出したお面をつけている理由についてはまだ誰にも話していない。頼まれた先生にも何も言ってなかった。


ザクロ君は皆に話していいと言ってくれた。しかし内容は重すぎて、いつ切り出せばいいかもわからない。


まさかあのお面が殺人事件に関わっているなんて。

状況はよくわからない。しかし察するにザクロ君は殺人現場に遭遇し、犯人を見た。

そして犯人もまたザクロ君の顔を見た。

そうなるとまだ捕まっていない犯人は、口封じのためザクロ君を狙う。

だからザクロ君は顔を隠すためにお面をつけて生活する事にした。

そして私達の前でそれを外すのは、私達が犯人でない事がわかっているから。

そして式に出たがらないのは、取材でその素顔を撮られ、犯人に身元を特定される事を恐れたためだ。


嘘ではないと思う。でなきゃずっとお面をつけて生活するという大変な事をするはずがない。もっと話を聞きたいけれど、口数少ないザクロ君から聞き出す前に帰り道は終わってしまった。

殺人犯がいるなら被害者もいる。せめてその被害者の事くらいは知りたかったのに。


そして私は足りない情報のせいで今日までぼんやりとしている。ちなみにザクロ君はいつも通りだった。お面で読みにくいけど。


「……ザクロ君、今日もサッカー部にいるんだよね」

「うん。今度の試合の日、模試とかぶるんだって。だから受験組の六年と五年が抜けるから、ザクロ君に助っ人頼んだみたい」


たすく君の言葉で私はほっとした。つまり今サッカーしている部員は模試を受けないという事だ。


「って事はザクロ君はこのまま中等部に?」

「そうじゃないかな。ここ、ザクロ君のお父さんの母校らしいから。見た事ない?エントランスのモニュメント」


たすく君に言われてもよくわからなかった。

ザクロ君の父はこの小学校の卒業生。そして有名な芸術家ならOBとして作品を置いていてもおかしくはない。

ただそんなモニュメントがあるなんて私は知らなかった。うちの学校のエントランスはやたらきらびやかなせいでわかりにくいのもある。


「僕達の入学前に作られた物だけど、知らない?石川桃真作、『生命の躍動』ってタイトルなんだけど」

「やくどう?」

「三角形のやつ」

「あぁ、『さんかく』!」


三角形と言われてようやく私はぴんときた。

通称『さんかく』は皆の中で待ち合わせ場所に使われる程に馴染んでいるのに、誰も本当の名前を知らない。

その作品が芸術的すぎて小学生にはさんかくとしか思えない作りのモニュメントたからだ。


「ザクロ君のお父さん、トウマさんって言うんだね」

「うん。金剛剛さんって世界的に有名な彫刻家がいるんだけど、そのお弟子さんなんだよ。最近だと桃真さんの弟弟子である岩本東雲さんが話題かな」


たすく君は小学生とは思えないような知識を披露してくれるが、私はそれについて行くだけで精一杯だった。

つまり金剛さんがザクロ君父の師匠、岩本さんが弟分。そして皆が有名人だという事だ。


「岩本東雲さんは今度ザクロ君が受賞する表彰式に来るんじゃないかな。審査員だし、去年も来てたみたいだし」

「そうなんだ。詳しいね」

「ザクロ君が受賞したって聞いてすぐ調べたんだよ」


相変わらずたすく君は学習内容をすべて吸収する。けど、知らない事は知らないままだ。

ザクロ君式欠席の話は、いっそ私が伝えるべきなんだろうか。


「ぞうきん縫い終わったー?」


迷っていると、リーチ君が私達の作業状況を確認しにやってきた。




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