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しかし記者はそれで黙らない。


「あなたは……岩本東雲さんじゃないですか。あぁ、審査員だったんですねぇ。という事は、兄弟子である桃真さんの息子のザクロ君の味方という訳ですか」


記者はまたも嫌味な言い方をする。そのセリフは『兄弟子の息子をひいきした』とでも言いたげだ。


「馬鹿馬鹿しい、私の審査がなくても誰もが彼を正しく評価し受賞していたはずだ。それともあなたは、審査員全てをも侮辱するというのか?」


その言葉をきっかけに、あちこちにいた美術館関係者からの静かな圧力が記者にかかる。

ひいきで選んだなんて美術関係者全てを侮辱する事に繋がる。

記者は関係者を敵に回したくないのだろう。それきり失礼な質問をする事はなかった。





■■■





それからすっかりお面が私の顔の一部になった頃、インタビューも解散になる。職員さんがホールに並んだ椅子を片付けているため、私達は端へと寄った。念の為、また取材が来てもいいようお面をしている。


「いやぁ、腹立つ記者もいたけど、あの白髪のおじさんがスカッとする事言ってくれたな」


リーチ君は爽快そうにしていたのが大きな声でわかった。私としてはいつリーチ君がいつもの調子で反論するかとハラハラしたから、その点も含めておじさんに感謝したい。

いくら大人の世界に慣れてるリーチ君でも、世間の扱いは子供だ。しかし子供だからこそ大人げない事する大人はいるのだから、大人が反論してくれてとても良かった。


「……あの人、今まで名前しか知らなかったけど、目の下にほくろがあった」


しかし白✕金キツネのザクロ君は別の事を気にしている。

私達も気になっていた特徴。目元のほくろなんてある人はいっぱいいるし、なによりあのおじさんの人柄から疑いはしていない。

しかしザクロ君に見覚えが有り、被害者の弟弟子という接点があるとしたら、犯人はおじさんかもしれない。


「……私は違うと思う。証拠なんてないけど。ああしてザクロ君やお父さんのために言ってくれた人だもん」


私は根拠のない言葉をザクロ君に伝えた。

やっぱり悪い人には思えない。

黒✕金キツネのたすく君も頷く。


「うん。決めつけるのはよくないと思う。もう一度ちゃんと考えよ?」



たすく君はとにかく素直で人がいいから、疑う事なんてあまりしたくない事だろう。ただでさえ殺人犯という疑いなのだから、慎重に考えないと。


「お前がどうしても気になるって言うなら本人に聞きに行こう。もちろん俺らも一緒だ」


ちなみに白髪のおじさん……岩本さんはいつのまにか周囲からいなくなっていた。

多分、記者とトラブルを起こしてしまったから、またぶつからないよう距離を置いているのだろう。でも美術館スタッフに聞けばきっとすぐ見つかるだろう。

ザクロ君は遠くを見るようにして考えこんでいた、ように見える。やっぱりお面でわからないけど。答えは今すぐに出そうにない。


時間を確認しようとリーチ君は携帯を取り出す。


「……あれ、ねーちゃんから連絡来てる。小夜子あてだ」

「えっ?」

「仕事、決まったらしい」

「えぇえぇっ!?」


ここが美術館という事も忘れ、私は叫びだしてしまう。声がお面に当たってびりびり震えた。

仕事の話なんて一度なくなってから蘭子さんもリーチ君もしなかったのに、急に出てきた。それも決まったなんて。


「これ、携帯貸すから。ねーちゃんはこの番号な。実際かけて聞いてみろ。俺達はさっきのおじさん探すから」


そう言ってリーチ君は私に携帯を渡す。仕事が決まった以上はすぐにでも蘭子さんに直接聞いた方がいい。

私は通話ボタンを押そうとする。けどここが美術館である事に気付いた。


「そうだな、電話するなら一応外に出た方がいいかも。行ってこい」

「うんっ」


私は携帯を握りしめ、走るでもなく早歩きで廊下を進む。

お面をしたままで通行人には驚かれたけど、外す時間さえもったいないほどに仕事の話が気になっていた。


そんな私の腕を、強い力で引っ張る人がいた。

大人の力だ。それに私は身構えてしまう。

そして悲鳴を上げようとした時、


「ザクロ君、話があるんだ!」


若いのに白髪のおじさん、岩本東雲さんが、私の腕を掴み、確かにザクロ君の名前を呼んだ。

その事にびっくりして私は叫ぶ事を忘れてしまう。


「あ、あれ……?」


岩本さんは私の下半身のスカートを見て不思議そうに首をかしげた。


そうか、お面だ。私とザクロ君は白ベースのお面をしていた。しかも色が男女で同じ制服姿で、私の髪は短い。

となれば、上半身だけでは見分けがつかないだろう。

それでも私とザクロ君には身長差が二十センチくらいあって、なかなか間違えにくいものだけど、こんな焦っている様子の岩本さんなら間違えてもおかしくはない。


「……すまない。ザクロ君らしきキツネのお面が急いだ様子で美術館を出て行くから、もう帰るのかと思って」


私もお面をしたまま急いで外に出ようとしたから、余計に岩本さんも焦ったのだろう。

でも、それって岩本さんはザクロ君と今すぐ話をしたいという事?


「小夜子に何してる!」


鋭い声が割って入る。そこには白と金のお面を外して投げ捨てたザクロ君がいた。

眉をつりあげ、普段の静かでかわいい雰囲気は一切ない。


殺人犯として疑っている岩本さんが、私の腕を掴んでいるのだ。怖いことを想像してしまったに違いない。



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