「……そうだな、俺だけが出題しては受験クラスに有利だ。勿論受験用の問題など出すつもりはないが」

「全教科ランダムの試験で頼むぜ。別に勉強だけがライバルって訳じゃないんだからな」


ライバル、と海野先生が気に入りそうな言葉をリーチ君が言って、海野先生は感動していた。今にも感動で泣くんじゃないかと思える程に震えている。


「試験は一週間後を予定している。志水先生にも話しておこう。ではな!」


そうして海野先生は大股で去って行った。メガネの受験クラス四人もそれに小走りでついていく。

しかし、そのうちの一人が調理室に戻って来た。

やはりメガネで小柄な男子だ。それでもザクロ君よりは大きいが。


「鈴木君……」


たすく君が彼のものらしき名を呼んだ。友達かと思ったが、たすく君の表情には怯えがある。


「田中たすく。僕はこの勝負に負けないからな!」


鈴木君とやらは熱くたすく君に言った。

受験クラスの関係とはいえ、熱血部分まであの先生に似てしまうのだろうか。


「いいか。僕はお前がしたことを忘れない。だから何度だって勝負しに来てやる!」


海野先生とはまた違った敵意が、彼にはあった。

たすく君と鈴木君の過去にはきっと何かあるのだろう。リーチ君もザクロ君も黙って見ている。


「一週間だ。せいぜいがんばるといい」


そんな言葉を去り際に残す。

そして私達は調理台兼テーブルを囲む私達は沈黙した。

私は何を言えばいいかわからないし、たすく君はひどく落ち込んだ様子だから黙っている。


「カレーおかわり」


沈黙を破ったのはザクロ君で、私は少しだけ拍子抜けた。テストの事は触れる様子はない。


「おー、志水先生間に合わねーだろうから食っとけ。後片付けも昼休憩中にしなくちゃなんねーしな」

「少しくらいタッパーに詰めとく?」

「先生用か?うん、そうだな、先生、小学生女児と一緒に料理するの楽しみにしてたし。ケガ人の付き添いなんてお疲れさまだしな」


ちなみに小学生女児というのは私の事だ。

一応志水先生が一番好きなのは身長が低い小学生らしい女児で、私は圏外らしいけど、お疲れ様な先生のためにもカレーは残しておきたい。


「どうしてリーチ君はあんな事を言い出したの?」


二人がのんきにカレーをタッパーに詰め込んでいる間、暗く鋭い声が切り込んでくる。

その声はたすく君が発したものだった。


「僕は勝負をしたくない。なのになんであんな勝負を受けたの?」


確かにリーチ君はあっさり勝負を受けていた。明らかにこっちにあまり利点はないのに。


「勝手に決めたのは悪かったよ。でも相手はあの暑苦しい海野先生だぞ、断るローリョクを思えば受けた方がいい」


労力。それを考えると私は思わず『あぁ……』と声に出しかけて納得した。

多分あの先生は断ってもしつこい。


「それに受験クラスには女子が二人もいる。志水先生がそこに食い付かないはずがない」


また私は『あぁ……』と声に出しかけて納得した。

小学生女児と接点を持ちたいらしい志水先生なら、きっとこの勝負をうけるだろう。


「もし負けて受験クラスに行くとしてもさ、あんなのクラブ活動みたいなもんだ。内容が勉強で楽しくはねーけどな」


ただで勉強させてもらえるのなら、私達の気持ちはともかくありがたい事だ。多分海野先生は手を抜かず真面目に指導してくれる。


とにかくリーチ君のそんな言い分から、たすく君は反論はできなかった。


しかし後片付けをしながら私は気付く。四対四のテスト対決により、一番足を引っ張るのは私であることに。


相手は今まで受験勉強をしてきた人達。

中学受験の勉強とは私達がやる基礎の勉強より難易度の高い応用問題が多い。

つまり受験クラスは基礎ができている。

それに海野先生はその熱意に相応しい指導力を持っているようだ。

学校が適当に作ったような受験クラスだけど、皆海野先生の指導力を頼っているのだ。もしかしたら塾や家庭教師よりも優秀なのかもしれない。


そしてそれよりも優秀であるからこそゼロ組は対決を申し込まれた。私を除いて。


その事について、話がしたい。

リーチ君はザクロ君とたすく君を次の授業準備のため先に帰らせ、調理室に私と残る。

調理台を仕上げに拭きつつ、私は不安を口にした。


「どうしよう、私のせいでゼロ組が負けちゃうかもしれない」


別の調理台を拭いていたリーチ君はまたぶりかえしたかとため息をつく。

後ろ向き発言を彼にぶつけるのは良くないと思っているものの、こんな時まで前向きではいられない。


「わかんないだろ。まだ一週間あるんだからよ。志水先生だって俺らに有利な問題出してくれるだろうし」

「でもそれは受験クラスだって同じだよ。私達は海野先生の出す問題をクリアしなきゃ勝てない」

「……まぁ、俺は勝っても負けてもいいんだけどな」

「えっ」

「でもさすがに小夜子はまずいか」


まずいと言いながらもリーチ君は明るく乾いた笑みを見せる。こんな時でも前向きにいられる人ってこんな人なのかと、私は脱力した。



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