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「話、戻すわね。最終的に朝日さんは自分から『ブタ子です』なんて言い出したの」

「な、なんでそんなこと……」

「自分からいってしまえば、誰かに言われずにすむから。小松さん、自虐ってわかる?」

「……芸人さんが、自分の悪い所を自分から言う、みたいな?」


私も自虐ならわかる。見た目がよくない芸人さんがそこを自らネタにして、笑いをとるというもの。

けれど歌子ちゃんはもちろん芸人ではない。その行動をする覚悟もない。

誰かに言われるよりはマシかもしれないけど、結局は傷ついている。私も似たようなことをしたことがあるから、よくわかった。


「さすがにそれは私としても放っておけなかったの。朝日さんに注意して、でも、それすら彼女を傷つけてしまった」

「先生は、叱ったんですか?」

「いけないことよね。あの子は被害者なのに、私は助けられず、悪者にするみたいに注意したんだから」


こんなにも生徒思いな八雲先生も失敗してしまった。歌子ちゃんのためなのに、助け方を間違えたのだろう。

傷ついていた歌子ちゃんはまさか自分が叱られるとは思ってなくて、だからなおさら傷付いた。


「それで朝日さんは不登校になったの。どうやらダイエットしてやせるまで登校しないつもりみたい」

「そうだったんですか」


それはほぼ登校できないようなものじゃないかと私は思う。だって、さほど太っていない歌子ちゃんがどうやせるつもりなのか。万が一ガリガリになって登校しても、周囲は変わらない。

まわりの悪口がなくなる訳じゃない。結局何をしたって言うやつは言うし、気にする子は気にするのだから。


「あと、五年生には学年主任が決めた決まりがあってね。不登校は問答無用でゼロ組行きになるの」

「え? そんなルールが?」

「……不登校の生徒が自分のクラスにいるなんて認めたくない先生もいるのよ」


さらに声を小さくして八雲先生は言った。これは来人君も知らない話みたいだ。

つまり学年主任は不登校の生徒をゼロ組送りにして、関係ありませんって顔をするためルールを自分で作った。この学校のあくどさにはなれたけど、更にあくどい話があるものだ。


「でも今の五年は朝日さん以外に不登校はいないから、クラスの皆は朝日さんがゼロ組行きにショックを受けて登校拒否してると思ってるの」

「なるほど。だから皆『いじめはない』なんて言ってたんですね」


来人君がぽんと手を叩く。これでだいたいの謎はとけた。

歌子ちゃんはまわりの行動や言葉に傷付いている。それはいじめだけど周りは誰もそうだとは思っていない。そのうちに歌子ちゃんは自虐するようになって先生はそれを注意した。そのことにさらに傷ついた歌子ちゃんは不登校になってダイエットしている。

やせたら登校するかもしれないけど、やせるのは難しい。そして登校したってまた傷つくかもしれない。


知れば知るほど、リーチ君がこの件に乗り気でない理由がわかった。登校しない事が一番歌子ちゃんが一番傷つけない。それなのに『登校しろ』と言うだけというのは彼女をもっと傷つけるかもしれない。


「結構長く話しこんでしまったわね。二人共、リレー練習は大丈夫?」

「もう終わるみたいですー」

「あら本当。次はダンスだったわね。赤羽君、行きましょう」


グラウンドを眺めれば、もうリレーチームは解散しつつあった。私と五年生と先生が一緒にいては目立つので、私達も解散する。

ちなみに次の練習は六年生は組体操。五年生はダンスだ。

だから六年生はこのままグラウンド。五年は体育館に向かう事になる。組み体操で誰も組む相手のいない私はまずグラウンドすみっこの先生の所に向かった。


「お、小夜子。これ読み上げる原稿だってさ」


しかし志水先生は留守にしていて、代わりにリーチ君がいた。リーチ君は私に放送原稿を渡す。


「俺の組体操の相手、なんか熱中症ぽくなったらしくてさ。志水先生はそっちつきっきり。で、他に余ってる奴いないから俺は見学なんだって」

「そっか……ちょっと暑いもんね」


動くとじんわり汗が出るような気温。暑さとしては運動が許可されるくらいだけど、リレーみたいな全力で走った後じゃ体調を悪くする人もいるだろう。

リーチ君がいるという事で、組体操で外された私だけど思っていたより仲間外れにされたかんじはなかった。


「それで、朝日って子の件はなんとかなりそうなのか?」


まずは準備体操をしている皆を見ながら、リーチ君は尋ねた。リーチ君は乗り気ではないというだけで、結局は私達が困っていれば助けてくれる。

だから私は素直に伝えた。


「本当の事はわかったの。でも……どうしたらいいかわからない」


そこから私は本当の事を話した。

はたからみればいじめだと思えない問題。どうしたら歌子ちゃんは学校に来てくれるのか。学校に来たとして、彼女が傷付かない方法はないのか。考えてもわからない。

リーチ君もきっと最初からその事をわかっていたのだと思う。だから乗り気ではなかった。けど、からっとした声で答える。


「悪口言いたい病だな」

「ワルグチイータイビョー?」


聞き慣れない言葉につい聞き返してしまうが、少しすれば意味はわかる。悪口を言いたくなってしまう病気の事だろう。


「そんな病気があるの?」

「今俺が名付けた。でもいるだろ、常に人の悪口言う奴。そういうやつのこと」


それを聞いて、私は楠木の事を思い出した。あれこそがきっと悪口言いたい病なのだろう。


「例えばさ、うちの蘭子ねーちゃん、美人だと思うか?」

「美人だよ。間違いない」


私は自信をもって答えた。リーチ君の一番上のお姉さん、蘭子さんはとても美しい人だ。顔の綺麗さは勿論、背が高くめりはりのある体付き、とても高い美意識。元モデルで今は経営にしか興味がないというのは、もったいない程の美人だ。

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