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しかし、先にここに来ているはずの加々美さんはどうしたんだろう。と、周囲を探って見たら、ヤジウマから離れた店の外で、ミロワールの男性スタッフさんにつかまっていた。危ないからと止められたのだろう。そしてその後ろには内海さんもいたけれど、加々美さんを危ないところに行かせたいわけではないし、けれど加々美さんの気持ちはわかるしでオロオロとしていた。


「加々美さんはあの女に騙されてるのよ!薬物に手を出すし小学生にも手を出すし、本当にろくでもない女なんだから!」

「だからあの子は小学生だって言ってるでしょ!」


この『あの女』『あの子』とは私の事だ。必死に外村さんは私が小学生であると説明するけれど、来栖さんは聞いちゃいない。冷静ではないからだ。

普通、冷静ならば私が小学生と聞いた時点で『そう考えると小学生の男の子と歩いててもまったくおかしくはないな』と気付くものなのに、それがない。

それに薬物についてはまったく証拠もないような話だ。なのにそれが来栖さんの中では本当の事だと思っている。


言い争いを始められて、一番迷惑なのはカフェの人達だろう。いくら注意したってきかないから、警察を呼ぶか呼ばないかという話になっている。これはまずい。

はやく加々美さんが間に入ってくれれば、そう思ったとき、来栖さんの雰囲気がおかしな風に変わった。ぷつんと何かが切れたような、なにかが体のうちからなくなったような、そんな雰囲気。

わかりやすくいえば、『キレた』だ。


「このっ、」


来栖さんはカバンに手を伸ばす。この人の過去を知っている私はひやりとした。きっとナイフを持ち出すつもりだ。そして外村さんを刺すつもりだ。


けれど、来栖さんはカバンをがさごそと探るだけだった。何かを出す素振りはない。


私が不思議に思っていると、隣にいるリーチ君に脇腹をつんとつつかれた。


「ナイフ探してんだろうけどさ、ないんだよな。ナイフは」


にやりとリーチ君は言う。きっとリーチ君も来栖さんがナイフを取り出す事は予想している。けれど、どうしてそれがないことまでわかるんだろう。


「ここに来る前にたすくとザクロに連絡したんだよ。『来栖芽衣子のカバンから危ないものを抜き取れ』って」

「もしかして、さっきたすく君が大きくマルってしてたのは……」

「それができたっていう合図。やっぱりあの人危ないもの持ってたんだな」


リーチ君の先を見通す頭脳に感心のため息が出た。私達がここに来ても『大丈夫』というのはそういうことなんだ。

万が一の事があってもいいように、来栖さんの近くにいるたすく君とザクロ君にお願いする。二人なら顔を知られていないから、カバンの近くに近付ける。そして多分、来栖さんが外村さんと言い争いをはじめた頃に危ないものを抜き取ったのだろう。


「でも、それって泥棒じゃ」

「ここでナイフでも振り回したら犯罪者だぜ。今ここにいるのは加々美さんみたいに見逃してくれるひとばかりじゃないんだから、犯罪者になるよりはいいだろ。……どっちにとってもさ」


たしかにそうかもしれない。来栖さんだって犯罪者になりたくないだろうし、加々美さん達だって犯罪者にしたくない。

それに来栖さんはカバンの中を探すうちに冷静になってきたようだ。

そのうちに、やっと加々美さんが 止める男性スタッフを振り切って来栖さんのもとへやってきた。


「め、芽衣子ちゃん……!」


ヤジウマがまた騒ぎだす。ヤジウマからしてみれば女二人のケンカに男一人が加わったから、なんらかの泥沼である事を期待したのだろう。しかし別の意味でも騒ぐ事になる。


結局加々美さんは着替える事ができなかったので、ちょんまげメガネスエット姿だからだ。なんだあの男は、女二人が取り合うような見た目の男じゃないぞ、と思うことだろう。

そして来栖さんもぽかんとする。


「だ、誰……?」


加々美さんが大好きなはずの来栖さんがそう言った。


こうしてこの事件は解決する。

カバンを探る事により怒りが落ち着いた来栖さんは、ややあってからちょんまげが加々美さんと気付く。あんなに好きな人だったのにデザイナーモードの格好になっただけでわからないなんて、と来栖さんは思っている事だろう。怒りはふっとんでしまったようだ。


それにしても加々美さんのあの格好で騒ぎがあっさり解決するとは思わなかった。





■■■






結局夜になるまで、私達はミロワールで過ごした。仮眠室には私とリーチ君の他にたすく君とザクロ君も来ている。


「今日は皆、巻き込んじゃってごめんね。そしてありがとう」


加々美さんは最後までちょんまげで、私達に対応した。私達も加々美さん達に事情を説明する必要がある。あのまま事件を終わらせるわけにはいかない。来栖さんが危ないものを持っていた事を、ちゃんと加々美さんに伝えなくてはいけなかった。


ちなみに来栖さんは落ち着いてから、本当に私が小学生と気付くようになったらしい。

ミロワールのスタッフは全員でカフェの人に謝った。カフェの人は迷惑そうだったけど、以前からミロワールスタッフにはお店に来てもらっているし、皆が悪いわけではないので許してもらえた。

そして来栖さんの事務所の人が来て、いろんなところに謝って来栖さんを連れて帰った。


来栖さんの持っていた『危ないもの』は現在ザクロ君が預かっている。


「あの人のカバンから抜き取ったのは、これ」


ザクロ君は仮眠室のローテーブルにカッターを置いた。

本当にカッターだった。私達も工作に使うような、刃を折って使うアレだ。

でもそれはちょっと意外だ。確かにカッターだって人を傷付ける事は出来るけど、事前に準備するのならもっとこう、分厚くいかつい感じのナイフじゃないかと思う。




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