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それを聞くと私は急に想像ができるようになった。王子様みたいな見た目の加々美さんはとても優しい。それは女性を勘違いさせてしまうほどに。見た目のいい人にそれだけ優しくされたら好きになってもおかしくはない。

でも実際、加々美さんは好きじゃなくても優しくできてしまう人だ。ついでにいうと、本当に好きな人とはスムーズにおしゃべりできない人だ。


結果、来栖さんは失恋する事になる。


「わかった!、チジョーのモツレだな!」

「リーチ君、どこでそんな言葉覚えてくるの。……まぁ、僕が勘違いさせる言動をして、彼女はひどく傷ついた。悲しくて怒って、刃物を取り出した」


さすがのリーチ君もそこにはちゃかすことはなかった。その後内海さんが刃物を蹴り飛ばすと知っていても、心臓に悪い。

そういえば、前に内海さんは『加々美が刺されてもデザイン描かせる』なんて言ってたっけ。あれは例え話でもなんでもなく、本当にあった話なんだ。


「それで、僕は無事だった訳だけど、刃物を持って人におどしちゃいけない。警察に行くことも考えたけど、彼女の所属する事務所の人と考えて、示談にしたんだ」

「ジダン?」

「あー……お金とか約束とかをかわして、この件は終わりにしましょう、ってする事かな。だから芽衣子ちゃんにはうちの仕事をやめてもらったり、僕や周りに近づかないと約束したんだ」


加々美さんとしてもやはりおおごとにはしたくなかったのだろう。自ら信用を失わせるような人とは一緒に仕事ができないし、単純に怖い。だから『一緒に仕事しない・会わない』という約束をした。そして起きた事は秘密にして、来栖さんの存在をなくした。

けど、来栖さんは今こうして加々美さんの近くにいる。


「それなのに会いに行くのかよ。そんなの加々美さんがめちゃくちゃあぶねーじゃん」

「確かにね。外には出るなとスタッフに言われたよ。でも、小夜子ちゃんやリーチ君が危ないほうが嫌だからね」

「警察や他の人に任せりゃいいだろ?」

「でも元はといえば僕の振る舞いが原因なわけだし。芽衣子ちゃんも才能あるモデルだから、将来を壊したくないんだ」


加々美さんは困ったように笑う。こういう人だからずっと問題を大きくしないようにしていたんだろう。自分よりも他の人が大事だから。

だったら私は止めない。というより私にできる事はなにもない。けれど、加々美さんには他に頼れる人達がいっぱいいる。内海さんとか、外村さんとか。

加々美さんがやっと着替えるらしい空気になったから、私はそっと部屋を出ようとした。けど、その扉を内海さんが開ける。それも勢いよく。


「加々美!」


仮眠室に入ってきたのは内海さんだった。階段を急いで駆け上がったのだろうか。ぜいぜい息を切らしている。


「外村さんが芽衣子ちゃんに絡まれてる……!」

「え?」

「危害を加えられてるわけじゃないけど、口喧嘩みたいになってて。あ、外村さんがとっくに芽衣子ちゃんを見つけたんだけど、外村さんもだいぶいらついてて言いたい事もあったみたいで、それに芽衣子ちゃんが言い返して、」


内海さんもだいぶ焦っているようだった。そんな彼女の背中を落ち着かせるようにぽんぽん叩く

加々美さん。


「大丈夫。僕が行くから」

「ばか、やめろ。危ないだろ。お前が元凶なのに」

「危ないよ。だからこそ僕が行くんだ」


かっこよく加々美さんは仮眠室を出ていってしまった。ただしスエット姿のままで。……まぁ、着替えている場合じゃないよね。

しばらくして、動揺していた内海さんは大きく首を振ってからとびきり凛々しい顔つきになった。そして加々美さんを追いかけた。気が動転していたようだけど、いつもの自分を取り戻したらしい。


私達はどうしようかとリーチ君を見る。リーチ君はスマホで何やらメッセージを送っていたようだ。


「よし、と。俺達も行こうぜ」

「危ないよ。ナイフを持ってるかもしれない相手なのに」

「ナイフは使わせない。だから大丈夫だ」


どういう根拠があって大丈夫なんだろう。でも、結局心配になって、私もリーチ君と一緒に現場に向かう事にした。多分スタッフの人はすでに集まってる。それに遠くから見る分には大丈夫だろう。


念のためエレベーターではなく階段を使って降りたけど、誰もいなかったためすんなり一階にたどりついた。そして事務所の向かいにあるカフェ。そこを中心に人だかりを発見する。もうすでにカフェのスタッフだけじゃなく、通行人やカフェのお客がヤジウマをしていた。


「あ、たすく君だ」


店内ヤジウマの中、ガラス越しにひょろりと背の高いたすく君を見つけた。その隣にはザクロ君もいる。今日はお面なし。目立つのはいけないもんね。

二人は私達に気付いたらしい。手を振って、それからたすく君は腕で大きく丸を作った。なんだろう、その動き。


「あなたね、いい加減にしなさい。小夜子さんは小学生なのよ。それを勝手に勘違いして危害を加えようとするなんて!」

「そんなはずないでしょ。小学生にミロワールのモデルができるはずないじゃない!」


急にぴりっとした言い争う声が届いた。私達はそれにもっと近付くため店の入り口まで向かう。言い合っているのは外村さんと来栖さんだ。外村さんは落ち着いた人なのに、こんなにも大声が出せたのかというくらいに声を張り上げ来栖さんに立ち向かっている。

一方来栖さんはずいぶんと冷静じゃなくなっていた。きっと何を言っているのかわかるのは、私達事情を知る関係者だけで、ヤジウマからしてみれば聞き取れないような叫びだ。


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