12
「これはかなり切れないカッターだと思う。刃がガタガタになってた。折ればいいのに」
「でも一応僕らが持っていく事にしたんだよね。刃物といえば刃物だから」
工作が得意なザクロ君はそう見て、たすく君は判断した。ザクロ君みたいな工作好きならともかく、普通の女の人はマメに刃物の手入れをしたりしない。この場合は切れなくて良かったわけだけど。でも加々美さんはうんと頷いた。
「前の時もそうだったんだよ。内海ちゃんが蹴り落としたのはカッターナイフだった。多分、僕らを本気で殺す気なんてないんだと思う。こうしたら言うこと聞くはずだからやった、的な」
「だからってカッターも人に向けるもんじゃねーけどな」
加々美さんのフォローをリーチ君が否定した。
来栖さんに殺意はない。けど恐怖で人を動かそうとしたんだから、ひどいことをした。そこは変わらない。
なによりかなりのヤジウマがいたから、口喧嘩ならまだしもナイフを振り回してはもうかばいきれなくなってしまう。
「芽衣子ちゃんを助けてくれてありがとう。このカッターは僕から彼女の事務所の人に返すよ」
「訴えたりとかはしないの?」
「しないよ。もう小夜子ちゃんの事はわかってくれたし、僕の事もこの姿で嫌いになったみたいだから」
冷静になった来栖さんは私が小学生である事をきちんと理解した。もちろん加々美さんをたぶらかしただとか言う誤解や妄想もなくなった。
仕事熱心すぎるデザイナーモードの加々美さんも見たから、しかもそれに気付けなかったから、恋愛していた気持ちも冷めてしまった。
もう来栖さんに私や加々美さんやミロワールを狙う理由はない。
けど、来栖さんはモデルをやめさせられるかもしれない。加々美さんがカッターを事務所の人に預けて何があったかを話せば、やめさせられてもおかしくはない。まぁ、来栖さんは売れっ子らしいから事務所は続けさせるかもだけど。
それでもやっぱり加々美さんはあの人にモデルをやめてほしくないんだろうな。小学生の私達だって、加々美さんを甘いと思う。
「外村さん、っていう女の人は大丈夫なんですか?」
たすく君が尋ねる。たすく君とザクロ君は外村さんが絡まれたところをずっと見ていたはずだ。怪我はしていないようだったけど、あとで怖くなるかもしれない。でもあの人よく働く人だからな。今も私達の保護者達に遅くなるという連絡してるし。
「大丈夫だよ。ずっといたずらメールを気にしてたんだけど、小夜子ちゃん達みたいな子供を狙うのが許せなくて、つい注意しに行ったんだって。普段は落ち着いていて、よく気が利くひとなんだけどね」
「でも、あぶない……」
見ていたザクロ君がそういうのなら、よっぽど危なっかしい注意だったのだろう。世の中注意した人がなにかされてもおかしくないんだから、無鉄砲すぎる。
「危ないのは承知の上、だったのかも。そうしたらターゲットが自分に移るからって、考えていたみたい。もちろん外村さんはあとで僕からお説教をします」
加々美さんが部下を叱る。それはなかなかに珍しい事だと思う。でも私達をかばうためとはいえ危ない事をしたのなら叱らなくてはならない。大人だってそれは同じだ。
でもこの話はそれで終わり。あれ、でも何か忘れているような……?
「はーい、ピザとったから食べていってね。今日は皆ありがとう」
思い出そうとしていると、内海さんがピザを持ってきてくれた。何枚も箱を重ねて、両腕には袋に入った飲み物を持ってる。力強い。
このピザはミロワールからのおごりだ。助けてくれたお礼と、こんな時間まで引き止めてしまったお詫びらしい。
仮眠室の小さなローテーブルだけじゃピザは乗り切らないので、アトリエの作業台に乗せる。椅子は足りないので立ったまま、座りたい人は仮眠室に行くという事になった。
具だくさんのピザを前に、皆どれから食べるか迷ってる。するとピザのメニューを確認しながら加々美さんが言った。
「あ、これ夏休み限定のピザなんだだねぇ」
そんな加々美さんのさりげないつぶやきが、リーチ君に絶望を与える。
「そうだ、社会見学!」
「え?」
「社会見学のつもりで来たのに、夏休みの宿題終わらせるつもりで来たのに、なにも終わってねーじゃん!」
私が忘れていた何かとはこれだ。リーチ君の夏休みの宿題。今回それがスムーズに進むように社会見学に来たのに、結局それどころじゃなくなった。もちろん事件についてなんて日記に書けるはずがない。
私もたすく君もザクロ君も宿題はほぼ終わっているというか余裕だというのに。
「どうしよう、でもピザ美味しい……!」
焦りながらもリーチ君は結局食欲に負けて夏休み限定ピザを食べる。そして満腹になって眠くなって……結局ギリギリに宿題を提出したとか。
リーチ君には悪いけど、私達らしい夏休みの最後だった。
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